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保坂先生の桜貝
「母子手帳にも記録しときますね…すみません、バッグの中見ちゃって」
「…あ、いえ」
見てくれたから助かったんだもんね、意味わからないけど。
「差し出がましいですけど、おひとりで大丈夫ですか?」
…んん?ひとり?何が?
「ご結婚されてないようなので…」
ええ?そうなの?!…まぁ、そうだよね、短大生だし。
「いろいろサポート紹介できますから、こちら渡しておきますね」
冊子をバッグの上に置いてくれた。
「…ありがとうございます」
「よかったらこれも…どうぞ」
何かを、手のひらに乗せてくれた。
「…なんですか?」
「こないだ見つけた桜貝です。お守りにしてんですけど、よかったら」
可愛くてきれいな薄いピンク色の桜貝が一枚。半分くれたってこと?
「いいんですか?お守りにしてるくらい大切なのに」
「ぼくの、ここにあるんで」
胸ポケットから出して見せてくれた。
「すみません、ありがとうございます、可愛い」
「喜んでもらえてよかった」
これって、先生とお揃い?
「無事でいて欲しいなっていう、俺なりの気持ちです、っつっても、あげたの初めてなんすけど」
「ありがとうございます、大事に…あたしもお守りにします」
初めて、っていうのうれしいな。
「ひとりで頑張ろうとしないで、いつでも相談とか来てくださいね、すみませんもっかい検温いいっすか」
若いのかな、ことばが最初よりもラフ。けどそれで少し緊張が和らぐ。
体温計渡されるとき、先生とちょっと指が触れて、うれしさと照れくささでポッと熱くなる。
だって…手袋つけてたけど、先生の指…さっきあたしのナカにいたんだよ。
それに気づいて、胸がキュンってしちゃうし、先生の指見つめちゃう。
ピピッ
そんなドキドキは体温計の音でかき消されて
向こうから「保坂先生すぐ来て!」って呼ばれて
「また来ますね、ゆっくり休んでください」
先生行っちゃった。
ふぅ…疲れた。
あたしは一体誰とこんなふうになったの?
未婚の母選んだなんて訳あり?…不倫、とか。
そんな出会い、いつどこで?
それより今って何年なの、あたしいくつ?
母子手帳で確認すればわかるけど、点滴ついてて動けないから見たくても見られない。
そうしてるうち眠気が来て…誰かに呼ばれる声で気がついた。
えっ、と…ここは、どこ?
あたしは、誰?
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