噓とエッセイ#8『二階』

6/6
前へ
/6ページ
次へ
 二階の部屋に別れを告げて、早五ヶ月。盆の時期に私は実家に帰った。  一直線に荷物を置こうと二階に上がったとき、私の部屋は弟の部屋に模様替えされていた。薄黄色だったカーテンは水色のものに変わり、ベッドは南枕になっていて、本棚には学生時代の部活で獲得した盾が飾られていた。  弟は私の隣のより階段から遠い部屋を使っていたから、リビングとの往復が面倒くさかったのかもしれない。だけれど、あまりの変わり身の早さに私は呆然とした。間取りは一緒なのに内装が違うと、何もかもが異なって見えた。  ベッドに寝そべる気にもなれずに、私は隣の部屋へと荷物を置いた。エアコンのない和室は蒸し暑くて、窓を開けてもなかなか眠れなかった。  こうして私の部屋だった二階の一室は弟の部屋になり、やがてその弟も大学入学を機に家を出て、二階の二部屋はどちらも空き部屋になった。  それでも、二階には私の記憶がつまっている。  自分の部屋だけではない。窓から屋根に出て瓦に寝そべったりもしたし、和室の押し入れでは何度も弟と遊んだ。暑くてベランダで寝ようとして、蚊に刺されたこともある。二階を失うということは、私の半身を失うことに等しい。  本音を言えば、改築してほしくない。だけれど、バリアフリーを持ち出されたらどうしようもない。今の私は板挟みとなって葛藤に揺れている状態だ。  だけれど、私は改築を受け入れるつもりだ。だって、今実家に住んでいるのは両親なのだから。住んでいる人間の意見を最優先させるべきだろう。住めば都ということわざもある。  改築されて平屋になった実家も、何度か通えば慣れるだろう。  家の間取りが変わることは、おそらくない。私の実家は姿を変えても、元いた場所にあり続けるのだ。 (完)
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加