噓とエッセイ#8『二階』

1/6
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 親が家を建て替えると言い出した。家路に就く途中のことだった。まるで今日の晩ご飯を言うような、何気ない言い草だった。  もう建てられて二十数年が経つから、様々な箇所が古くなってきているらしい。夏は暑くて冬は寒い。通気性も気密性も芳しくないのだという。  まるで愚痴のような理由に私は、反論する気になれなかった。  今、私の実家は両親二人しか住んでいない。当の本人である二人が建て替えると言い出したからには、別の場所に住んでいる私は頷くしかない。アルコールも入っていたし、どのみち冷静な判断も下せなかった。  だけれど、私の心には靄がかかっていた。それは、親が平屋にする気だったからだ。  確かに現状では、二階は全く使っていないから、減築して一階だけにするというのも、筋が通った話ではあるのだろう。二人とも還暦を迎えて、階段の上り下りがこれからきつくなってくるとしたらなおさらだ。  しかし、私は頷いたものの、心の中でははっきりとした答えが出せなかった。なぜなら、二階には私と弟の部屋があったからだ。  空き部屋となっているが、実家に帰省した時には今も二階で寝ることだってある。ものすごく大げさな言い方をすれば、私たちの思い出が根こそぎ壊されて、存在しなくなってしまう。  すっかり変貌した実家に帰省した時に、私は素直に「ただいま」と言えるのか、正直自信がない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!