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桜が嫌いだ。
満開の桜は特に嫌いだ。いや、俺にとっては恐怖そのものでしかない。狂い咲く満開の桜の木の下は、噴き出した血しぶきのように花びらが舞い、春独特の狂ったような匂いに包まれている。
桜が嫌いだ。
満開の桜の木の下で大人達が宴会をしたがるのは、桜が狂わしているせいだ。あの色と、匂いと、風の音が人を狂わしている。人を狂わす為に桜は美しく咲き誇るんだ。
でも俺は、ここから見えるあの山の桜の森の下に、いつか行ってみようと思っている。こんな山に囲まれた田舎町だが、それでもこの辺りのヤンキー共はみんな俺を避けて通る。それくらい俺は恐れられているって言うのに、そんな俺がどうして桜ごときを怖がらなきゃならないのか。それを俺は探ってやりたい。
近付けば、もしかしたら俺は狂って、今俺に胸ぐらを掴まれているコイツみたいに鼻から口から血を流してぶっ倒れるかもしれないが、それでも知りたい。
「まだ殴られたいか? あぁコラッ!」
どこの誰とも知れない学ラン姿のコイツは、血だらけの顔で泣きながら首を必死に横に振った。
「か……勘弁してください……」
「出すモン出しゃ勘弁してやるよ」
そいつは、上着のポケットから財布を取り出し、俺に差し出した。俺はそれをひったくり、更に言う。
「あと、お前の連れの女はもらう。いいな?」
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