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「仕事ですので」
ひとまず俺は引くつもりはないと告げた。
相手はまだやるつもりのようだったが、比較的冷静さを保っているらしい仲間の一人に首根っこを掴まれて止められた。
下位はともかく、上位に手を出したらいくらFといえども制裁が下される。それを理解していない学園生ではない。
そも、俺がこうなるまで手を出さなかったのは、体育館に監視カメラが取り付けられていることを知らない者はいないからである。
盗撮やそれとわからない程度のセクハラへの抑止力はあってないようなものだが、こういった一目でわかるようなトラブルならば話は別だ。すぐにでも風紀副委員長に連絡がいって月ヶ瀬かメロがこの場へ駆けつけるだろう。
表面上、そうして喧嘩は仲裁された。
しかし平風紀はほとんど恐慌状態といっていい。
いくら武力と知力に優れた生徒の上澄みであっても、彼らの精神はただの高校生のものだ。それは俺も同じだが、そこは権力と引き換えにして差し出した手前、態度に出すことは禁じられている。
俺は風紀委員達を体育館の外へと連れ出した。念の為にと顧問へ連絡を入れるよう指示したのが建前であることは誰もが理解していたけれど、やはりこの場に残る者はいなかった。
上位者の命は絶対だ。風紀委員は学園で最も統率の取れた衛兵なのである。
「王子様? 日和見の間違いだろ」
「持ち上げられて良い気になってんじゃねえぞコラ」
対して、学園で最も混沌とした集団こそ、このFクラスだ。
彼らには独自の権力構造があるが、外部に共通の敵がいないために常に内乱状態らしい。
しかし俺に敵意を向けているのに変わりはなかった。
おそらく、彼らが本当に断固として敵視しているのは、俺自身ではなく俺の持つ“権力”だろう。
Fクラス=不良。そんな図式のレッテルを貼られているから、それとは対照的にヒーロー視さえされる風紀に少なからず悪感情を抱くのは自然なことである。
はみ出し者ではあるが、少なくともここにいる穏健派は極めつけ悪いことをしているわけではないのだ。
それに、独善的な優しさを振る舞っている自覚はある。そのため俺は彼らの罵声が聞こえないかのように澄ました顔をしていた。
実際、今さっきだって「俺一人でも監視を続けます(かたいけつい)」みたいな空気を出していたけれど、その実俺が気にしていたのは殴られかけて心に傷を負った風紀委員達というよりも、俺の評判だった。つまり人気取り。
俺は彼らに責められるべき理由がひとつは……いや二つ? うーん、三つかもしれないが、まあとにかくいくつかあるのだ。別に正義面するつもりはなかった。
とはいえ、そろそろ援軍が来ることを期待してもいいはずなのだけれど──。
そんな甘い考えは、次の瞬間に立ち消える。
まず、体育館の扉がバンと開いた。
なんだかやけに乱雑な開け方だなァと胡乱な目を向けると、そこにいたのは月ヶ瀬でもメロでも風紀顧問でもなく、体育教師だった。
もう一度言う。「体育教師」だった。
思い出して欲しい。うちの学園の身体測定を邪魔する要因の一つに、体育教師が堂々数えられていたことを。俺は思い出したくなかった。
尚、漂白剤にて強力殺菌済みのジャージを翻して乱入してきた体育教師の背後にある半開きの扉の向こうで、風紀委員が涙目になって何度も頭を下げていた。
一体何に祈っているのかはわからないが、必死に手を合わせている。おそらく援軍を呼ぼうと職員室へ駆け込んだところ運悪く遭遇してしまったのだろう。正直同情できない。
なぜなら俺は、大半の学園生がそうであるように、体育教師を蛇蝎の如く嫌っているからである。
「オッ、真城じゃないか!」
「ははは……どうも」
「で、今年は体重増えたか? 何キロだったんだア?」
あーもうめちゃくちゃだよォ。
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