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「ははは……何キロだと思います?」
「質問に質問で返すなって。社会に出たとき、それじゃ困るんだからな? おれは優しいからこうして教えてやってるけど──」
「ははは……」
「で、何キロだった?」
ははは……。氏ね。
ちなみに、俺の愛想笑いがどれだけカスでも体育教師関連のときは誰も気にしないのでセーフである。
というかこの、週五でサウナ行くのは紳士の嗜みだし本棚にはやけに強気マインドなタイトルが並んでてこそ社会人として正解だし歯のホワイトニングは礼儀です笑顔で挨拶しましょうねみたいな顔してるしそのくせ目の奥が到底嗜みとか礼儀とか正解とかそういうのとは真逆をいくみたいなこういう……なんだろうな……
とにかく、鳥肌モノな男を前にしたら、みんなこうなるからセーフとかアウトとかそういう領域に存在してないんだワ。この聖職者(笑)
俺の体重は七十オーバーのゴリゴリ筋肉達磨だがそれを教えてやる筋合いはない。やんわり断った。
真城由個人としては別に明かしてもいいのだが、これを利用して「王子様は教えてくれたぞ?」と別の相手を脅しにかかるかもしれないので、上位風紀としてそれを許す訳にはいかないのである。
あとクレクレおじさんに差し出してやる個人情報とか無いし普通にキモいからむり。
「フゥ〜ん……そうか……。真城。お前、目上の人に対する礼儀がなってねーぞ」
まあコイツならそう来るだろう。
体育教師はあからさまに不機嫌になり、ぱんぱんに筋肉と脂の乗った太い腕をこちらに突き出した。
しっかし顔面が無駄に整っているのが気色悪さに拍車を掛けているなァ。不快感を押し隠しながら、俺は力任せに肩を掴む手をされるがままに受け入れる。
正当防衛は攻撃を受けてからでなくては成り立ちにくい。俺は気分よく金的するために、物わかりよく我慢しているのだ。
もちろん守るべき者がいるのなら抵抗のひとつやふたつするけれども、優秀な部下達は今度こそ本当の援軍を呼びにこの場を去って行った。いま俺がすべきことは我慢、それだけだ。
「先生に教えてくれよ、なあ?」
「ははは……あの、困りますよ」
「なんでだよ。いいだろ? なんか難しいこと言ってるか、おれぁよ」
肩を掴まれて五秒が経過したし、俺はその間に身を捩って不本意であるとカメラに示した。
さて反撃しますか(天下無双)
そう思ったとき、驚いたことに体育教師は俺の襟ぐりを掴み上げた。筋肉量では負けていても身長では俺の方が優っているので、呼吸が覚束無くなるようなことはない。
それよりも、なぜ言い訳のしようのない行動に出たのか、そこが気になった。
職歴一桁年とはいえ体育教師が未だに学園から追放されていない理由はふたつある。
一つ目は、一親等に月ヶ瀬並みの尊い血筋がいるから。
そして二つ目はその犯行の曖昧さである。
これは一般的な学校教師の中から年に数回ほど性犯罪者が出てくるのとほとんど変わらない。
「先生だから」と親しみを押し付けたり、「そういえば実技が苦手だったな」と暗に試験評価の操作を匂わせたり。後者を俺に対して行わなかったのは、ひとえに俺が風紀委員という看板を背負うだけの良識があると考えたためだろう。
ともかく、この男は姑息なのだ。
だから解せない。なぜ俺に手を上げた? 生徒会や各委員会の長に並ぶ地位を持つ俺に加害するメリットがあるというのだろうか。
頭を過った経験則的な勘に従い、各箇所の監視カメラを確認する。
天井の梁に引っ掛かったボールに見立てて仕掛けられたネタ枠はいいとして。α1〜9、β1〜9、γ1〜9、δ1〜9……破壊。俺は目を疑った。
壁に床に窓枠に、どこもかしこも全てが動作を停止している。
反応のない俺に苛立ったらしい体育教師が、襟を掴む手で俺の胸板を強く押した。
頭蓋の中身こそ軽いけれど、彼はこれでも九十キロもの頑強な肉体を持つ男である。
俺は簡単に後ろへ重心をずらされ、たたらを踏む──
「後々責められんのはお前らだけじゃねーんだよ」
どす、と俺の背中がぶつかったのは、鍛え上げられた硬い胸板だった。
そのせいで重たい頭部が空中でがくんと慣性と戦う羽目になる。寝違えたみたいなずきずきとした痛みを感じながら、俺は背後を振り返る。
そこには、数分前に俺を殴りつけようとしたFクラスの生徒がいた。
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