─宵越し

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 学園の建つ山間を下って穏やかな麓町を通り、数軒の建物を越えた先に、この(すさ)んだ街が広がっていた。  地面を見下ろせば吐き捨てられたガムがべっとりとアスファルトに張り付いていて、横を見れば何かにぶつけられたように歪んだガードレールがあり、空を見上げればどこからか立ち上る煙草の煙が透けている。  もちろん夜間には暗がりだらけだ。  それを雑多に運営されたギャンブル関連施設のネオンライトが照らしていて、いつも足元の覚束ない客が盛んに出たり入ったりしている。  しかし、楽しめるだけの余裕のある者が集まっていると結論づけられるのかというと、否であった。  まず物価が安い。地価も安い。  少し上に登ったら再開発されてきれいになっているが、こちらは不良の時代に取り残されたままだ。暴走族もよく見かけられ、犯罪多発地域の意味を持つ“ホットスポット”に指定されているとかいないとか。  お世辞にも安全な街とは言えないのであまり裕福な人は住んでおらず、貧困層が多くの割合を占め、彼らが生きるために──そして賭け事や甘い夜を楽しむために──犯罪を犯す。そうするとまた地価が下がり、貧困者が集まり、犯罪が繰り返される。  そんな負のスパイラルの中、なぜ人が減らないのかと疑問に思う者も多いだろう。  繰り返しになるが、ここは歓楽街だ。目の前には風俗やパチンコなどの数々の遊楽施設が、街の外へ少し足を伸ばせば大型ショッピングモールなどがある。そして暴走族などの騒音や軽犯罪の被害が多発しているため地価が低く、家賃も抑えられる。  リスクを冒してでも利便性を取りたいと思ってしまうのは、なんら不思議なことではないだろう。  では、どうして警察は彼らを取り締まらないのか。  これは丸一年ほど学園とこの夜の街を行き来してわかったことだが、どうやら仕方のない事情があるらしい。  そもそも、国民のよすがである警察署は町外れに置かれている。  ならばと街の外からの手出しを期待しても、それは難しいようだ。この街には学園生が来ている可能性が高く、彼らを取り締まってしまったときに発生するアレコレが面倒なのは想像に難くない。  なにも警察がお金持ちの権力に怯えているとかではなくて、仕事が増えるのが目に見えているから手を出したくないのだ。警察は往々にしてこういう節があるので納得だった。立件したくないから悪事を見逃されるのは他人事ではない話だ。  さて。ここで、本物のアルビノがこの街にいる可能性についてこの場では考慮に入れないこととした理由の説明に戻る。  アルビノ当事者が紫外線対策もせず真昼に出歩くことは少ないし、危険なこの街に住むには弱視や羞明(しゅうめい)などの症状からも考えてもかなり難しい。  後者に関してはその他の病気や障害を持つ人達も同様だ。この街はハンデを持つ者に厳しすぎる。  仮に、そのハンデを無いものとするほどに強い人がいるのだとしたら……もうそこまでいけば考慮に入れるも入れないも関係ないだろう。  強者が弱者を下す街にとっては、障害者もそうでない者も須らく“敵”。打倒するか打倒されるか。その二択である。
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