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コンビニで買った昼食を食べ終えてから三時間ほど経って、やや空腹を覚え始めた頃。
俺はファストフード店に行って再び夕食と夜食と朝食を購入した。
この辺のホテルにケータリングサービスなんて期待してはいけないのだ。ましてや自販機なんて、一蹴りでペカるせいで売買が成立しないから全部撤去されている。
今日の目的である寝床を手に入れるために、そこそこマシなベッドの置いてあるホテルを探し歩く。
暗い路地の側をある程度の距離を空けて通り過ぎようとしたとき、その“ある程度”を越える横幅の男が路地裏から出てきたことに、ぶつかってから気づく。
コークの類いが零れないように姿勢を立て直したときには、既に集団に取り囲まれていた。
「ああ……? ンだコイツ、ぶつかってきて謝りもしねーのか」
「調子乗ったカッコしやがってよォ」
「『彼者誰』の奴じゃねーの?」
「あいつら、無駄にキラキラしたツラしてやがっからな」
「今夜こそ決着つけてやるつもりだったが……なあ、今ヤっちまおうぜ」
どうやら抗争の開始間際だったらしい。
紛らわしい格好をしていたのが仇となったか、と歯噛みする。
しかも最悪を引き当てた。彼らは思い思いの輩衣装に身を包んでいるが、共通してパッションピンクのグッズを身に着けている。珱死楊だ。
『珱死楊』はこの街でもトップクラスに有害な暴走族である。
彼らは従来の暴走族と異なり、細かい戒律がない。無関係な一般人を巻き込んだり、バタフライナイフやスタンガン、エアガン、バットなどを凶器として武装し、強盗や恐喝を行っているという話も聞いたりする。
パッションピンクのキャップやTシャツを身に着けるのも特徴のひとつだろう。
もはや暴走族というより、カラーギャングと表現した方が近い。
集団の一人がバットを振りかぶるのを合図に、全員が俺に掴みかかろうとする。
遵法精神が養われにくい街だ。夜に出歩けばこういった暴走族に遭遇することが多いので、そこまで驚きはしなかった。今は昼だけれども。
次々と突き出される拳から身を翻して避け、鋭く横薙ぎにする木刀をいなし、肉弾から飛び退く。
腕いっぱいの食べ物を落とさないよう気をつけるあまり、防戦一方だった。
しかしある瞬間に半数ほどの意識が逸れる。その隙を見て、一番の巨漢の顎を蹴り上げた。
重たそうな身体がずしんと音を立ててアスファルトに倒れ伏し、一斉に視線が戻ってきた。
同時に路地の奥から一人の男が現れる。影から抜けたとき、その男の鼻に一文字の傷があるのが見えた。
傷の男は片腕を広げるだけで集団を制する。
「オイ」
「…………何?」
息が上がりそうなのを我慢して応えた。「俺じゃねえかンな」とも付け足す。
すると男は俺と集団を注意深く見下ろし、どこか困ったように眉を寄せた。
「……コイツらから手ェ出したのか?」
「だからそう言ってンだろォが。聞いてみろよ、嘘つくかもしんねーケド」
「あ゛あ? おれ達がセンパイにウソなんてつくわけねーだろうが!!」
「だァってろ雑魚が。……で、どうなんだ?」
輩共の喚きが急に静まる。俺には威勢良く突っかかってきたくせ、傷の男の問いかけにはまごまごするばかりのようだ。
周囲からの持ち上げられようから見て間違いなく、『珱死楊』の幹部かそれに近い階級の人物であるとわかる。
「こんな時に出歩くんじゃねえ。オラ、お前ら行くぞ──」
「この辺にホテルねェ?」
邪険に手を振ってこの場を去ろうとしていた幹部は、「あ?」と怪訝そうに振り返った。俺は訳を述べる。
「寝床探してンの」
幹部は奇妙なものを見る顔をした。雑魚共は面白いようにざわついたものの、俺に対する幹部の返事で今度は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
「……よくわからんが、うちのナワバリにくるか?」
「イイんすかセンパイ!?」
「名前も知らねーガキっすよ!?」
「いい。……こいつらの詫びだ」
聞けば、近くに使っていないアパートがあるという。
なぜ使っていないのかについては、「女のところに行ってんだよ」という一言で解決した。なるほどね。
遠慮なく今夜一晩だけ貸して欲しい旨を伝えたら即オーケーが出たが、幹部の男は口端をにやりと上げてさらに提案する。
「『彼者誰』とのケンカを手助けしてくれたら百夜貸すぞ?」
「ンー。ちなみに抗争の理由って何?」
「…………親友とな、少し言い合いになっちまってよ」
幹部の男はどこか寂しそうに呟いた。「俺はあいつの気持ちをわかってやれなかった……」と、途切れ途切れに続けようとする。
俺は一年間の薔薇無料摘み放題で培ったフラグ回避力により、幹部のルートに入りかけそうな気配を感じ取った。
これ以上『トゥルーエンド①:NTRれた幹部俺、えっちな彼氏が出来た件について〜親友が今更チームに帰ってきたので全力で逃げ回ります!〜』が進む前に話を切り上げる。
「じゃ、そうするワ」
「そうか? おし。決まりだな」
幹部の男は「乗ってくか」と遠くの駐輪場に違法駐車された五十cc超のゴツい改造バイクを指さしたが、俺は首を横に振る。
今朝のチャイニーズルックのチンピラに言われたことが頭にあるせいで、初対面にも拘らず「もしかして気に入られてたり?」と疑ってかかってしまう。
常識的に考えて、一目惚れとかでもない限りはありえないだろうが……少しばかり警戒心が強まっているみたいだ。
自意識過剰かもしれないけれども、可愛さ余って憎さ百倍、みたいな事態にはなりたくないのでそのへんに気をつけるのは悪いことではないはず。たぶん。
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