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抗争の目的はそれぞれひとつ。
『珱死楊』側は、領土を広げ、それを『人魚』に捧げること。
相手側は、『珱死楊』に数々の暴挙を止めるよう命じる権利を得ること。
人魚がどうのこうのはよくわからないが、俺は一人の兵として好きに喧嘩すればそれでいいそうだ。わかりやすい。
ところで。見たところ、『珱死楊』はかなり年齢層がばらけている。十歳前後から三十手前まで顔ぶれが様々だ。深入りは禁物だなァ、と俺はキャップのつばを下げた。
このパッションピンクの帽子は幹部さんに借りたものである。たぶんこれのせいで好き勝手なことを言われているのだろうけれど、これがないと味方側に背中を刺されるので手放すことはできない。もう少し当たり障りのない人から借りればよかった。当たり屋の巨漢とか。
「ンだアレ。センパイの嫁か?」
「にしてはゴツいぜ……どこのレディースだよ」
「どうせ生意気な真似してヤられたんだろ。最近は新しいチームできたっつーし、そこじゃねえの」
「ダハハ、そっから特攻しかけてボロ負けして奴隷にされたってやつ?」
「ありそー。ガチで嫁ならもっと可愛いコのがいいし」
「でもキレーなツラしてやがンな」
「センパイの前も誰かのイロやってたんじゃね?」
「どうする、あのナリで十人とか咥え込んでたら」
「上も下も?」
「体格良いし二本同時もイケんじゃね?」
「さすがにビッチはありえねーだろ。あんな女男、誰が相手すんだよ」
「……でも堕としたくなるよな」
「…………」
「…………」
「…………」
「センパイに捨てられたら捕まえとこーぜ、オレらで」
「賛成ー。早くあの顔ぶん殴ってやりてーワ」
「馬ッ鹿!! 幹部の嫁に手ェ出すとか──」
「ハ? あの偉そうな眼つきに何も思わねーのかよ」
「屈服させられたトコ見てみたくねえ?」
「………………まあな」
まあな、じゃないが。反論しろ最後まで。あと熟考すな。
そして結局俺の立ち位置をどう捉えたのか教えてくれ、微妙に気になる。
ちなみに今の俺の格好は、オーバーサイズで膝まで丈のあるジャケットコートに、裾の大きく広がったワイドパンツだ。王子様バレが嫌なので体型をカバー出来るものを選んだ。
男性的な骨格や喉仏が厚いスヌードで隠されているのはたまたまだが、購入したときにそういう意図がなかったわけでもなく。
女性と間違われたことについては不快だったけれども、こちらに落ち度がないと一概には言えないのでなんとも……という感じである。
スマホの文字盤が二十一時の少し手前を回った。むっとしているうちに抗争開始直前だ。
舞台は、ガレージに成り損なった工事現場である。コンクリートは剥き出しで鉄骨は打ちっぱなしで、放置されたバールやら何やらが転がっていた。足を取られたら危険だ。気をつけよう。
『珱死楊』というチームは基本的に決まりを守らない。そもそも約束事がないので、無いものは守れないのである。
しかし今回の抗争の相手があまりに行儀の良い集団であったため、抗争の開始時間と終了時間だけはきっかりと定められたという。
じゃあ勝利条件は? と幹部に訪ねたところ、“丸三時間の戦闘後に最後まで立っていた仲間の多い方が勝利”とのことだった。これは決まり事というより暗黙の了解に近いという。
死に体のチームより元気そうなチームが勝ちということか。納得だ。
さて、大雑把に生きる『珱死楊』に決まり事を守らせた相手チーム。
名を、『彼者誰』という。
『彼者誰』は時間ぴったりに放棄済みの工事現場へと入場した。
俺のような部外者を連れてきて水増しさせているこちらとは違い、相手さんは特攻服が余っているとかでない限り、おそらく本当のチームメイトだけをここに連れてきたのだろう。真っ黒な長ランと学生帽で統一されている。
一見地味だが、背にはその印象を覆すほど立派な向日葵色の細かな刺繍が施されていた。神仏や聖人の体から発せられる光明を視覚的に表現したものを光背といい、その中心部にある丸い集中線の塊みたいな装飾を頭光というが、彼らの刺繍はまさにそのような形をしている。
彼らはそこにいるだけで場を圧倒する空気感があった。
特に中央に陣取った長身の男と、それを囲うようにして飄々と笑う青年達。彼らは別格だった。そこにいるだけで周囲の雰囲気を一変させる力を持っている。
彼らの威圧感の根拠のひとつは、その美しい顔立ちだろう。
自信に溢れる眼差し。寒気のするような微笑み。柔和で甘美なマスク。鏡写しの弾ける笑顔。きりりと気合を入れるぬいぐるみ。
──彼らは、学園の生徒会役員だった。
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