─宵越し

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 生徒会と風紀委員会がそれぞれの不良チームを作って夜の街で戦うってのは、『王道学園』あるあるだよなァ、コードネームがあったりとかさ〜……ンな訳あるか。そんな話。  しかし、こうして現実に起こっていることなのだから受け入れるしかないだろう。取り敢えずリツの目だけは欺きたいところだ。厨二病と謗られる未来が目に見えているので。  かくして戦いの火蓋は切られたわけだが。俺が一時的に所属している『珱死楊(オーシャン)』は統率の二文字など知らないので、すぐに乱戦となった。  チームワークの欠片もない仲間達は、しかし過去に積み上げてきた戦いの中でバディやライバルが出来上がっていたらしく、俺は荒れ狂う人波の中にぽつんと取り残されてしまう。要するにカモだ。 「ンだァ、あの調子乗ったカッコの奴……」 「どうせ身の程もわかってねえガキなんだろ。オラ、やっちまえ!!」  やはりというべきか、狙われた。  先程噂話に興じていた男共がげらげらウケている。一応は仲間だろォが。  不満を示す間もなく(ヒノデ)が進軍する。俺は敢えて脇を閉めず、彼らを誘った。  素人同然の立ち姿で彼らはいとも簡単に油断してくれたようだ。軸の意識さえ忘れて掴みかかってくる一人目の手を躱し、相手に肘鉄を食らわせ、今度は本来のフォームで隙なく重い打撃を与える。  難なく倒された仲間に驚いたようだったが、繰り出してしまった拳を定位置に戻すには、少し時間が足りなかったらしい。  俺は二人目のパンチをいなしつつ自らの胸に引き寄せた。相手の肘裏に前腕を深く挟み込んで相手の体勢を大きく崩し、倒れ込みそうな身体を投げ転がす。  良い調子だ。このままアホのふりをして敵さんを伸していこう。  そう思ったとき、昼間の巨漢を思わせる大きな影が俺の前に立ち塞がった。  あの雑魚と違っているのは筋肉量である。贅肉を削ぎ落とした密度の高いA字の身体は、総身に知恵が回りかねるようでさえあったが、眼差しがそれを否定していた。そこにいるだけで彼が強者(つわもの)であることを容易に理解させてくる。  ナメプはやめだ。俺は肩幅ほど空けて立ち、軽く上下に身体を揺らした。  まずはジャブから。力を込めすぎず、安定して相手にスラッグを食らわす。相手もそれに合わせて俺に拳を放った。  お互いどれも有効打にはならない。本気でかかってくる前に仕留めるべきだ。きっと相手もそう思っているだろう。見極めるべきはタイミングである──が、今回は乱戦。運命は俺に味方をする。  背後から別の敵に手首を掴ませたのはわざとだ。振り向きざまに、相手の手と自分の左手首を逆の手で固定した。  同時に俺に相手していた男が隙と見たのか本命の蹴りを放つ。 「おいッ、やめろーーー!!」  もちろん俺はそれを知っていた。彼は下半身の筋肉を重点的に鍛えているようだったから。  俺は敵の手首を裏返し、関節が悲鳴を上げるのも聞き届けず、その手首を持ち上げて男へと背負い投げた。  男の打撃が敵の腹にヒットする。虚を突かれた男の顎へ、右足を垂直に振り上げる。爪先が確かな骨の感触を味わったときには、男は既に倒れ伏していた。  それにしてもさっきの味方(ヒノデ)への野次、本気でキレているように聞こえたのは俺だけだろうか。ピンクのグッズを見えにくいところに持っているという可能性は無きにしもあらずだけれど……。不思議に思いながら辺りを見回す。  周囲(ヒノデ)は、「ひっでェな……」とでも言うような青い顔半分、「オレは正々堂々やっから!」と意気込んでいる赤い顔半分、といったところだった……いや嘘。さすがに言い過ぎた。でも三割方は本当にそういう反応で、こちらとしては突然に異文化世界へ迷い込んだような気分にさせられる。ここって不良漫画か何かでしたっけ?  ちなみに、『珱死楊(オーシャン)』は自分達の戦いに熱中していた。  謎の安心感を覚えているうちに、周囲(ヒノデ)は気持ちを切り替えたらしく、俺のもとへと四方から迫ってきた。それを回し蹴りで薙ぎ払う。  相手が痛みに顔を歪ませている間に、地面に四足をついて、そこから時計回りに身体を捻り、右足を肩ほどまで高く上げて敵に追い討ちを食らわせる。  残った相手には腰を落とし、屈伸運動を利用して下から鋭い裏拳を繰り出してトドメだ。  『彼者誰(ヒノデ)』はなぜか、バレーボールのコート中央にボールが落ちてきたときのクラスメイトみたいな──いわゆる「お見合い状態」になっていたのでとてもやりやすかった。ある意味ではやりにくいとも言えたけれど。
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