─宵越し

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 なんだか気味が悪いなァ、と死体(生きている)を蹴り蹴りする。「ぐええ」という蛙が潰れるような呻きも、この喧嘩場では他の騒音に紛れて聞こえやしない。  しかし別の鋭い声は俺の耳に届いた。  首だけで振り向くと、俺のすぐ近くに突っ立って唾を飛ばす男がいた。『彼者誰(ヒノデ)』のトップクだ。 「なんてひでェことを…………!!」 「……俺に言ってる?」 「ンだと!? ナメてんのかテメェ!! やんのかゴラ゛!!!」  なんだかよくわからないキレ方をしてらっしゃるなァ。  困惑しつつ、力任せに繰り出された相手(ヒノデ)の拳を受け流し、伸び切った肘に前腕を挟んで体勢を崩させて、そのままさっきと同じように投げる。起き上がろうとした顔面を踏む。  そして尻ポケットに差し込んでおいた特殊警棒を抜き、斜め上に振り出す。手首を返して軽く引き戻し、伸びた棒に強くロックをかけ、そのままの構えから剣術の体捌きで男の胴にぶつけた。  彼は喉を痛めそうな悲鳴と共に倒れ伏す。彼の仲間がこちらを強く睨む。  俺はヒールの顔をして、今しがた殴りかかってきた男に拳を向けた。  良い気はしないが……一夜分でも百夜分でも元を取るから、やるべきことをやったらすぐにナワバリを貸してもらおう。そして朝までぐっすり眠るのだ。  俺は決意を新たに、次の『彼者誰(ヒノデ)』に警棒を打ち込む──  が、しかし。  深くかぶった学生帽のつばから覗く霧のかかった黒い瞳を見て、慌てて無理やり軌道を逸らす。  がきんと激しい金属音が耳を貫いた。砕けた警棒のからからと音を立てて転がり、彼の清潔過ぎる革靴にぶつかって止まる。 「……なんでお前がここにいる」 「こっちの台詞だ、リツ」  冷水をかけられたような気分だった。  気もそぞろになるほどの薄気味悪さだったとはいえ、生徒会メンバーがいることに気づかずぶちのめしかけるとか、いくら寝不足とはいえありえない。 「なんで入れ替わってンだよさっきの雑魚と!」 「勝手に倒れた。蹴ってどかしていたら、お前が……」 「蹴っ、……お前ェほんとにあいつらの仲間(ヒノデ)??」  慌てて的を外したら壁に立て掛けられていたバールに当たって警棒の接続部分が壊れてしまったことは、まあ置いておくとして……金属疲労もあったのかな……うっ……俺の一万円…………  己の不運属性を嘆いていたら、リツが「ここがどこかわかってるのか」と半笑いで嘲るので、俺はリツに飛んできたナイフを側にあったバールで弾き飛ばしながら頷いた。  今度からは十六インチ程度の警棒を予備として持ち歩くことにしよう。ジャケットのポケットにも入るサイズ感だし。  仕方ないので相棒をご臨終させたバールを拾って代用することにした。  使用感も良い感じで手に馴染むし、ひとまず今夜は乗り切れそうだ。  特殊警棒もバールは全く違った凶器だが、大まかに言えばどちらも棒である。手首のスナップで警棒自体の重量を活かすこと、力押しで威力が損なわれないよう注意すること、剛より柔を意識すること、エトセトラ。サイズも重さも異なるが同じ棒であると思えば応用は効く。  もともと二十六インチの重くて長いものを使っているので、太さが変わって握りにくくなったかな、という程度の違いだ。 「あと、仲間じゃない。受け継いだだけだ」 「……学園の生徒会が彼者誰(チーム)に関わってるのは偶然じゃないってことォ?」 「そうだな。チームとはいってもほとんど自警団だが。歴代の会長が総長を、役員が幹部を務めていて──」  饒舌に語るリツに相槌を打つ。かなりうんざりした様子だし、愚痴でも言わなければやっていられないのかもしれない。  顔色も少し悪かった。もともと陶器のように白い肌が、やや青褪めている。俺はそれを指摘せずに苦笑を浮かべる。  リツはこう締めくくった。 「そうでもなければ、好きこのんで不良になると思うか?」
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