─宵越し

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 前提として言わせもらうと、俺の中に同性愛に対する拒否感情は無い。なんなら好きにすればいいと思っている。  俺のことを本気で好きな男はこの学園に山程いるし──ありがたいことだ──、あるいは暗に性的な関係を持ちかけられたこともあったけれど、後者に関しては「ふーん」としか思わなかった。それは学園外の女性などにおいても同様である。  もちろん、悪質な者は風紀として捕まえさせてもらうが、全部が全部そんな悪党ではない。ならば心の中まで取り締まるのは組織として不健全だろう。  そんな俺が学園の腐男子をあまり良く思わないのは、シンプルにモラルがなっていない人が多い傾向にあるからだ。  悪質nmmn(ナマモノ)厨を例にすると、彼らは俺とメロでcp(カップリング)を組みがちだが、そもそも二次創作の中でもnmmnジャンルは特に本人にその存在を気づかせるところで活動するのはマナー違反であり、それどころかメロのあんな姿やこんな姿を勝手に想像しているということをさっきの調子でメロに認識させたら、それはセクシャルハラスメント以外の何物でもない。  ちなみに、「高校生がR−18を生産するはずがない」という反論は無効だ。エロエロな薄い本を何度も送りつけられたので。ストーリーは面白かったからブックカバーをつけて本棚に保存している。成年向けのコンテンツを子供のときに摂取しなかった者だけが俺に石を投げろ。  一通り商品を確認し終えて手持ち無沙汰になり、壁に貼られたポスターを眺める。今年は毎月頭に限定商品を販売するらしい。俺も食べに来ようか考えていると、桐谷が注文した品と水で満たされたグラスを持って戻ってきた。慌てて立ち上がる。 「すみません、持ち帰りだと言いそびれていました」 「そうだったんですか。こちらこそ早合点してしまって……確かに、今は忙しいからバイトをお休みしているんでしたね」 「はい。あ、でもこれは飲みます」  俺は品質に影響の少ない作業、つまり掃除などの雑用を担当している。雇われた当初は皿洗いをしていたが、一度高価な皿を割ってしまい、あまりに真っ青な俺を見かねて桐谷が店長に別の仕事を割り振るよう取り計らってくれたのだという。  しかも、この学園に通う生徒にとって風紀第四位ともなる王子様がバイトをするのは外聞が悪いということで、他の店員は俺の存在を秘匿してくれており、俺はこの喫茶店で働く人達全員に頭を上げられない状態だ。とはいえ、皆優しいので横柄なことは一度もされたことがない。それがまた申し訳なくなるのだった。  俺は盆に乗ったグラスを取り、一気に飲み干した。桐谷のくすくす笑いが聞こえて顔が熱くなる。どうにも彼の掌の上で遊ばれているような気がしてならない。照れ笑いで誤魔化した。  桐谷は俺を優しい目で見下ろしながら「あぁ、そうそう」とポケットから青い薔薇をモチーフにした小さなストラップを取り出す。俺は思わず「嘘!?」と叫んだ。  声質や言葉遣いのロールプレイを忘れてしまったが、それどころではない。このストラップは俺の推しているミュージシャンのインディーズ時代に初めて出した円盤(CD)の先着十名に贈られる特典なのだ。ゼロが五個もつく値段で転売されるほどの希少価値がある。なぜわかるかというと、現在そのミュージシャンが使用しているモチーフは月と太陽なのだ。彼がプロに転向することを決意したといわれる二枚目の円盤の発売がそのモチーフ変更の境目に当たるのだが、それはさておき。 「ど、どこでこれを……」 「親戚がこれをふたつ持っていまして、ひとつくれないかと聞いてみたところ、くださいました」 「…………なるほど」  まったくわからなかったが取り敢えず頷くと、桐谷が「どうぞ」とチェーンのところを持って手渡してくるので、「受け取れませんよこんなの!」と固辞するが、桐谷は「いつも頑張っているご褒美です」と穏やかに笑った。  その年上の余裕で甘やかしてくるような表情に、なんとなく逆らえなくて両手を差し出した。ぽとりと落ちてきたストラップに、胸がじーんと熱くなる。俺はそれを宝物みたいにハンカチで包んでポケットに入れた。 「その、ありがとうございます……」 「いえいえ」  支払い方法を問われ、カードを出す。学園から支給されたものだ。毎月定額まで利用出来る。それを見越していた桐谷さんはすばやくコードを読み取り、品物と共に返してくれた。  同時にドアベルが鳴って数人の生徒が来店する。見覚えのある顔ぶれだ。たぶん前のクラスメイト、だった気がする。名前は忘れた。覚える気もなかったから。  彼らは壁のポスターを見て何か楽しげに話している。  しばらくは来ない方が良さそうだ。紙袋に入った品物を手に取り、彼らに気づかれないうちに店を出た。
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