─宵越し

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 四月下旬、ようやく全校生徒の身体測定と健康診断が終わった。  前者はともかくとして、後者は隠居した名医を集めて診断させたり、精密機械を必要とする検査では麓の病院まで向かったりするため、普通の学校よりも時間がかかるのだ。日本の未来を背負う子供達だから妥協は許されないらしい。  医務室に集まった保健委員に「真城様はここまでで大丈夫です」と追い出される形で放課となったが、どうせメロの仕業だろう。  数名が「でないとメロ様に……」と零していたし、今隣で本人がひと仕事終えたみたいなしたり顔をしている。  まあ上司が帰らないと帰れないというのはどこでも言えることだから大人しく従うけれども。  同じ学校に親族がいるためか、メロは名字で呼ばれるのがお好みじゃない。  初めて会ったときも「毬颪先輩」と呼びそうになった俺を制してメロ呼びを催促した。みんなにそう言って回っているらしく、一般生徒は「メロ様」と呼び、それ以外は下級生もファーストネームを呼び捨てだ。  中にはその呼ばれ方や可愛らしい容姿から舐め腐った輩に絡まれることもあるが、生憎彼は武術を修められるだけ修めているので、その強さは折紙付きである。全員儚く散った。  俺が粘っても彼らの邪魔になるだけだ。そう思ってがらっと扉を開けると、俺の鼻先にぽわぽわした茶髪がある。  俺と彼は同時にやや仰け反って互いを認識し合った。ユウだ。  彼は初めは驚いただけだった。 「真城せ……、…………ハッッ!?」  そして沈黙。もしかしなくても「真城先輩」と言いかけていた。へェ、そう呼んでンだ。  背後のメロが空気を読んで何かを話し出したらたぶん状況が悪化するので、そうなる前に「どうしたの」と尋ねる。  口を開けっ放しにしていたユウは数回開閉した後「ばばばばばんそ、絆創膏を……も、貰いに……」と言った。俺はにこっとして、ポケットの絆創膏を手渡す。 「あッ、ありがと……ござま……す…………」  ぴゅっと逃げていく後ろ姿を見送る。  彼はどうしてか俺が彼に何かをすると怯える。いるだけでは怯えない。その辺りのコマンドを掴めたら意思疎通が出来そうなのだが、生憎逃げられてばかりだ。  養護教諭に彼が俺の同室者であると遅れ馳せながら紹介し、「優しくしてあげてくださいね」とお願いした。  好い返事が返ってきたのに安心して医務室の人達に一礼し、扉を閉め、さて風紀室へと思ったら、メロが通せんぼうしてきた。 「仕事は終わり! 食堂行こ〜」 「まだお腹空いていないんだけど……」 「四月最後だから特別デザートついてくるの!」  そういえば、と頷く。  喫茶店のフェア然り、学園は季節や何かの節目に対してとても細やかな意識を持っているらしく、それに従ってイベントも多い。創立記念式典が殆ど夏祭りになっているのが最たる例だろう。  未だ慣れず「毎日がお祭りみたいですね」と呟くと、メロはさらりと「まあ日本人としての繊細な感性を学ばせてるってことじゃないかな〜」なんて返してきた。  彼は頭の軽そうな話し方をするくせ、時々本質を捉えたことを言う。  なんだか“お祭り”というお花畑ワードを出したことが恥ずかしくなってきて、「なるほど」と短く切った反応で会話を着地させようと試みた。 「うちの家と違って考えてるよね〜」  彼の髪色に似た花弁が冷えた風に乗ってひらりと落ちた。  うんうん、とオーバーに頷きながら、メロは感慨深そうに眉を寄せている。  俺は初めて出た家の話題に内心たじろいだ。食堂の方へ歩き出しつつ柔らかに問いかける。 「考えてる、とは?」 「んー、ボクの家は風流な物を大事にし過ぎるところがあって。和菓子屋やってるんだけど〜」 「それは……不勉強でした」  こういうとき気の利いた一言を言えないのが俺の悪いところだと思う。初めから媚びるつもりならまた違った話になるけれど。  メロは「いいよいいよぉ」と笑い飛ばした。  俺はそれに乗らせてもらって、これ以上は掘り下げないという意味を込めたラインを引く。 「飴屋さんと言われた方がしっくりくるね」 「やっぱり? メロ、キャンディの方がカワイイから好きだな」  そしてまたポケットから飴玉を取り出し、ポップな柄の包装を剥いて口に放り込む。  俺は「歩きながらは危ないですよ」と咎めた。メロはべぇと舌を出す。濡れたピンクの飴玉がちらちら垣間見えた。  思わずはしたないからやめなさいと言いそうになり、母親気取りかと思い直す。  それにしても、四六時中キャンディを食べて飽きないのだろうか。
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