春嵐 ─凪のあとに

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 カッ、と壇上に歩み出たのは黒髪の凛々しい男──生徒会長である。  会長は眼下の聴衆を獰猛に睨めつける。どよめきが漣のように消えてゆく。美貌への驚き、羨望、畏怖。そんなものよりも、目の前の男を優先せよと、生徒達の脳が命じたのだ。 「新入生、か……」  一年生は、会長が喉を震わせた瞬間、ふわりと春風が吹いたように前髪が靡き、目は少女漫画のように大きくなって、唇はTL小説のようにぷるりと赤く熱くなったようだった。彼らは同じ日に同じ人に恋に落ちたのだ。しかしその沼底は、そうも浅くない。 「俺様の下僕がまた増えたなァ」  そう言った瞬間、新入生は深いところまで突き落とされた。  そして微かに残った理性が、マイクを通して拡散されたスパァンッと頭を叩く音を捉えた。 「“また”とはどういう意味ですか? まさか私のことまで勘定に入れているんじゃないでしょうね?」 「ハッ。新学期早々に自意識過剰か、結構結構」  生徒会長を引っ叩いたのは、副生徒会長であるリツだ。色めき立った在校生の「ナマ夫婦喧嘩だ……!」という小さな叫びが広がり、ざわざわと体育館を揺らす。  新入生は別の沼地に引き摺られていく。少女然とした青年は、どこか無機質なブラックホールのように彼らの心を引き寄せ、視線を釘付けにした。しかし同時に絶対的強者である生徒会長もまた、新入生を否応なしに惹きつける。眼球が忙しなく動いて彼らを追おうとするが、中には敢えて焦点をずらすことで二人を同じフレームに収めようという者も現れている。カプ厨の才は既に彼らの中で光りだしている。 「だいたい貴方達はいつも──」  副会長・リツが小言を並べようとすると、袖からぞろぞろと役員達が出てくる。  ピアス、ネイル、ラメの強いメイク。見るからにチャラそうな会計がリツと会長の間に入った。在校生の一部が慌てて前髪を直した。 「待ーって、リツちゃん、キミこそオレらを計算に入れてるじゃん! 巻き込み事故反対!」 「「そーだそーだ!!」」 「おれ……かいちょ、とちがって、いいこ」 「「そーだそーだ!!」」  やんややんやと野次を飛ばすのは、その後ろでひょこひょこと小さな二つの頭を揺らしている庶務だ。すぐさまリツの鋭い視線が飛ぶ。 「さっきからそこうるさいですよ」  頭をチョップされ、双子庶務が「えーん」と声を揃える。「シュジュ(ぎゃく)だ!」と在校生はまじまじと見入る。  新入生はというと、新たに現れた三人の個性的なイケメンを食い入るように見上げており、その関係性にまで萌える余力は残されていない。しかし確かに印象には残っており、彼らが箱推しという概念を知るまでは遠くなさそうであった。 「なんでボクらだけー?」 「こいつらはどうなの?」 「良い子のムギはともかく、会計さんは手遅れですから……」 「「キャッキャ」」 「ええっヒドいよ〜、さん付けに役職呼びとか!」  わちゃわちゃしていると、最後の一人、補佐のムギが袖からちらりとそのキュートな顔を覗かせ、優しそうな垂れ目を細めてくすくす笑った。 「ておくれ、ひていしないんだ……」 「そっちもだってば〜!」  「もー、オレがこんなにしてやられるのはアンタらだけだよ……」と会計がぎりぎりマイクに届く大きさで呟くと、もう在校生も新入生も混ざりに混ざって絶叫した。  新入生は既にそれぞれの推しを見つけていた。そうでない者は、四肢を牛によって東西南北に引っ張られて八つ裂きにされそうな状態で全員に魅入られており、瞳に苦しみと悦びの色を滲ませてブッ倒れている。  ……というのは、俺が脚色を加えたモノローグなのだけれども、だいたい合っているはずだ。  俺たちの立てた作戦──それは、それぞれのキャラクターがそのまま自然体で振る舞うこと。  彼らは彼らであるだけで充分に濃厚なコンテンツだ。これ以上の味付けは蛇足であり、必要なのは素材を活かすことだけ。  メタ的に学園を見下ろせる者ならば誰でも思いつく案だったが、上手くいってよかった。
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