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続いて、生徒会は挨拶に移った。
新入生のほとんどは中等部からの持ち上がりであるため、中等部でも目立っていたであろう生徒会のほとんどのメンバーを知っているが、数年越しに目の当たりにすることで変わるものもある。めったにお目にかかれない普段のわちゃわちゃのように。
トップバッターは生徒会長だ。会長は気怠そうな色気を振り撒いて、マイクを淫靡な手付きで握る。
「さっきも言ったが……この学園に入学したからには、お前ら全員俺様のモノだからな。覚悟しとけよ?」
俺様何様生徒会長様の仰せに、キャーッ!! ウォーッ!! と各々の音程で叫び、ぱたりぱたりと屍が重なる。
そして誰もそれを気にせず、マイクは副会長に手渡される。
「私は会長と違って優しいのでそんな酷いことを言うつもりはありませんが……逆らったら、わかっていますね?」
ぎゅ、とマイクの首を殊更強く握りながらリツは冷たく言った。
副会長クラスタらしき生徒が“お仕置きして♡”のうちわを猛烈に振り、前の生徒の髪の毛をばさばさと靡かていた。
次にマイクを手にしたのは会計だ。彼はマイクの丸い部分を掌でぐりぐりと撫で、かりかりと爪で引っ掻くことでザッザッという音を出しながら、「んん、なんか持ってかれちゃったなー」と細めの眉を上げ、それからきりりと寄せる。
「みんなもバイブスアゲアゲってカンジ〜?」
小指を立ててマイクを握り、ライブのようにもう片方の手を上げてリアクションを求めると、主に野太い声がそれに応じた。可愛い系ボイスは物量に掻き消されていた。
「オケオケ。じゃ、オレから言うことは特にないし……これだけあげちゃおっかな?」
そう言って、マイクを双子庶務に手渡し、片手を唇に寄せ──
「「「ッッキャーーーー!!!」」」
投げキッスをした。
免疫のあった在校生は無事だったが、新入生の前列が軒並み卒倒した。
大事故の発生源はというと、「さ、行ってきな〜」と庶務に声を掛けている。しかし庶務は頬をぷくーっと脹らませた。
「「やだーっ!めんどくさーい!」」
「……お、おれ、ショタコンなのかな」と一人の生徒が胸に手を当てる。その隣で、「でもあの人達ぼくらより全然センパイじゃん」と言いながらスマートフォンを握りしめている生徒は、どうやら理性を総動員することで盗撮の欲望を抑えているようだった。俺は彼を頭のブラックリストに書き込んだ。
「こら。お仕事しなきゃ駄目でしょう」
「ん」
庶務を促したのは、副会長と補佐だ。
ムギに背中を優しく押され、双子は渋々前に出た。そして投げやりな声でいう。
「……ま、好きにすればー?」
「気が向いたらあそんであげるー」
「「かまってほしかったら悪いコトしないでねー」」
彼らにしては珍しく位置的に上にいるため、生徒達はジト目で見下されることになる。彼らは下から見ると特に小さく見えた。
「いいこにしてるので抱かせてくださーい!」とどこかで叫び声が上がり、その後何かを殴ったような鈍い音が複数回聞こえ、奥の方で誰かが倒れたのを俺は目撃した。
庶務は愚かな世情について「「わー」」と興味のなさそうな感想を述べて、背伸びしてマイクを頭の上に持ち上げた。補佐は屈んでそれを受け取る。
「ムギはー?」
「何かある?」
「ん……あの、ね……」
双子の促しに、ムギが深呼吸する。一同は固唾を飲んで見守った。
「……なっ……」
今何か喋ったらそれが誰であろうと殺すぞ、という面持ちで全員がムギを見つめた。
そしてついにそのときが来る。
はふ、という可愛らしい呼吸音の後──
「…………なかよく、して、……ね?」
──この場の全員が昇天した。
鼻血噴いたり胸を押さえたり過呼吸になったりする生徒を、風紀委員がそれとなく退場させる。
ステージの警備のためにたくさん配備されていた風紀委員は半数ほどまで減っている。もちろん俺と委員長がステージのすぐ下に立っているので危険はないが、生徒が興奮しすぎて暴徒化した場合はその限りではないかもしれない。
そこで委員長・月ヶ瀬が「……全く……」と言って、側のスタンドからマイクを取り上げた。
「──静粛に」
絶対零度。
鶴の一声とはこういうものを指すのだろうか。いや、その慣用句では足りないだろう。神の一声とでも言うべきだ。鶴さえ、コンマ一秒もかからず辺りをしんとさせることは出来ないはずだから。
しかしうちの委員長は前述の通りなので、誰かに冷たくしたらそのぶん温めてしまう悪癖があるようだった。
「よし、良い子だ」
…………俺は救急車を呼ぶべきだろうか。どさどさどさッと無言で倒れる多数の生徒を見て、俺は頭が痛くなる気持ちで「月ヶ瀬先輩、逆効果です」と耳打ちした。同じだけの地位にある他の風紀委員も、「ちょっとー! 時間押してるんだけど〜!」とキレている。
委員長は苦笑してマイクを手放した。そのくすくす笑いも、数人の心を射止める。死んでも鏃が抜けることはないだろう。
「悪い悪い。では、続きを聞こうかな?」
月ヶ瀬の言葉に、生徒会長は舌打ちで答えた。
生徒達に向き直る。きゅ、と靴と床が軽く鳴った。生徒達の注意が彼だけに注がれる。
「……うるせー奴らが好き勝手言っていたが、概ねそんなとこだ」
刹那、会長は唇をニヒルに歪めた。
「好きに楽しめ」
ステージに立ってから初めての笑みだった。後ろの面々も、少しだけ微笑んでいたり、へらへらと手を振っていたり、かと思えばこちらを見向きもせず二人で内緒話していたり、あせあせと顔を赤くしながら精一杯眉を下げていたり。
それを見た在校生は鳩尾の底から湧き上がるものを堪えて黙っていた。この場における主役を、誰もがわかっている。
新入生は、もう既に学園の生徒だった。わっとそこかしこから声が上がる。
この場を自分たちの居場所だと理解した、まだ幼い、しかし歪に色気づいた叫びだった。
「ッッ抱いて〜〜〜〜〜〜!!!」
大合唱。大喝采。
月ヶ瀬がくつくつと笑い、「成功だな」と俺にしなだれかかる。重い。
「仰げば尊死わがピの恩」
「あそこのメロい人誰?」
「全員メロいからわからん!!」
「そろそろペンラ持ち歩く必要出てきたな……」
「円盤化してくれ〜〜〜」
「もしかしてこれ有料? 待って、借金してくるわ」
「イメカラとイメソンだけ教えてくれ! 頼む!」
「ボイスも忘れんじゃねえぞ!」
生徒会役員がステージの奥の方に下がり、一般生徒の視点ではシルエットしか見えなくなっても、熱狂は続いた。けれどやはりそれは月ヶ瀬の一声によって止み、各々の胸のうちでのみ渦巻くのだった。
そして冒頭に戻る。
「暖かい陽差しに包まれ──」
また学園生活が始まる。きっと穏やかなものとなるはずだ。仮にそうでないとしても、俺はそのトラブルを取り締まることができる。その地位と権力がある。
そうだ。この偶像を築き上げてきた前年度の努力によって、ようやく俺が完成したのだ。
絵本みたいに幸せな『王子様』が。
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