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うつろな表情でゴミ置き場に立ち寄る謙太にマンション管理人の小千谷が声を掛けた。
「おはようございます、雨戸さん」
「あ、小千谷さん」
作業服姿の管理人は今朝も早くからマンションの周囲を箒で掃き清めていた。こうしてエントランスから出て行く入居者に声を掛け、交流を持つのが小千谷の毎日の楽しみでもある。
「なんだか浮かない顔ですね?」
「いやぁ、ちょっと悩みが……」
謙太は人の良い管理人と話すのが好きだった。決して深くは踏み込まず、時々さらりと的を射た事を言ってくれるからだ。
悩みがあると聞き、小千谷はふむ、と首を傾げた。ここで詳しく内容を尋ねてこないのが彼の良いところである。
「お一人で解決出来そうなことですか」
「一人……では無理、かな?」
「では、力を貸してくれそうな人に腹を割って相談するしかないですねぇ」
「……ですね」
そんな相手、一人しかいない。
「ああ、そうだ。最近この辺りに不審者が出るらしいので、お帰りの時は気を付けてくださいね」
「わかりました、ありがとうございます!」
礼を言ってから謙太は会社に向かった。
その表情は先ほどより少しだけ明るくなっていた。
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