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第53話・自覚した気持ち
不審者騒動のあと、夫婦と別れてマンションの部屋に入った二人は揃って盛大な溜め息をついた。
「本物の不審者じゃなくて良かったな」
「ホントにな」
「で、なんでこんな時間に外にいたの?」
「ポン酢切らしてたから」
「なるほど」
買い物袋を掲げてみせる。
「晩メシ、温め直すから待ってて」
そう言って背を向けた龍之介を謙太が後ろから抱きしめた。
突然の抱擁に持っていた買い物袋が手から滑り落ち、ゴトン、と床に落ちる。
「──もう危ない真似すんなよ」
回された腕にぐっと力が込められた。
耳元で聞こえる声はさっきまでとは違い、やや低い。心配させたのだと初めて気が付いた。
「…………わ、わかった」
その返事を聞いて謙太はパッと身体を離し、龍之介を追い越してキッチンにある鍋の中身を覗き込む。
「おっ、今日豚汁と焼き魚か。うまそう」
「あ、ああ」
「オレ着替えてくる」
声も表情も普段通り。
変わり身の早さに戸惑いながら買い物袋を拾い上げて中身を確認する。幸いポン酢の瓶は何ともなかった。
着替えのために謙太が寝室に入ったのを見届けてから、龍之介はコンロの火をつけて鍋を温め直した。
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