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第28話・深夜の訪問者
今までどうやって過ごしてきたのか分からなくなるほど龍之介は謙太との暮らしに慣れてしまっていた。
いざ一人になってみると、それを嫌でも実感してしまう。
ひとり分の家事より手間が増えて煩わしいはずなのに、何をするにも張り合いがあった。現状を維持するための掃除や、腹を満たすためだけの食事。これまで義務的に行っていたものが意味を持った。
カタカタとキーボードを打つ音だけが薄暗い室内に響く。溜め込んだ仕事をこなす間だけ無心になれたが、少しでも暇が出来るとあの数日間を思い出してしまう。
龍之介にとって特別な日々。
あの時、何故謙太のマンションに向かってしまったのか。
あそこで龍之介が行かなければ、謙太は実家の母親に助けを求め、陽色の世話を頼み、寧花の実家にも速やかに連絡が行っただろう。
下手に手助けをしてしまったがために謙太は気を緩め、結果的に解決が遅れた。
完全に止まった指に気付いて、龍之介はキーボードの上に倒れこんだ。横目で見たスマホ画面は真っ暗なまま。仕事の連絡すら受ける気がせず、帰宅後すぐに電源を落としたからだ。
金曜の夜、謙太は仕事帰りにそのまま実家へ帰った。
今は土曜の夜。一日で話し合いが終わるわけがない。恐らく明日に持ち越して、そこで今後の方針が決定するのだろう。
明日の今頃には、謙太は寧花と陽色を連れて帰り、今まで通りの生活に戻る。例え血が繋がっていなくても、謙太ならきっと良い父親になれる。
そうなるように龍之介が教え込んだのだから。
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