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第29話・謙太の選択 1
突然訪ねてきた謙太に疑問を抱きつつ、龍之介は彼を部屋へと招き入れた。
真夜中にマンションの通路で騒いだせいで近くの住民が出てきて、扉の陰から様子を窺っている。龍之介は頭を下げ、「すみません」とひと言謝ってから玄関の扉を閉めた。
薄暗くて狭い玄関で、しばらく無言が続く。
「おまえんち、初めて来た」
「呼んだことないからな」
話を聞かずに追い出しても、また部屋の前で騒がれてしまうだけ。仕方なく中へと通し、リビングの床に座るように促す。
謙太の服装は昨日の朝に持たせた着替えの私服だった。肩には着替え用のカバンを掛けている。確かに実家には行ったようだが、あれからまだ一日半しか経っていない。離婚やら何やらの話を済ませるには早過ぎる。もしや全て投げ出してきたのでは、と龍之介は不安になった。
「俺、おまえに住所教えたっけ」
「出産祝いのお返し送るために寧花が記録してたの思い出して、それ見て来た」
「あー……」
お返しは要らないと固辞したが、どうしてもと懇願する寧花に根負けして住所を教えたことを思い出す。すっかり忘れていたが、それがここで仇となった。
「帰ったらリュウいなくてびっくりした」
「おまえんちに俺がいるのを普通だと思わないでくれる?」
「……ポストに合い鍵入ってた」
「必要がないから返しただけだ」
元々緊急事態だったから預かっただけ。
寧花たちが帰ってくれば必要ないし、寧花たちが出て行ったままだとしても、陽色の世話がなくなったのだから尚更必要ない。
どちらにせよ龍之介が謙太の家に出入りする理由はもうない。
「電話しても繋がらないし」
「…………電源、切ってた」
「ここ何日か様子がおかしかったから、なんかあったのかもって思って」
そこまで聞いて、ようやく謙太が慌てていた理由が分かった。
「おまえに心配されるとはな」
ドカッとソファーに腰を下ろす。目の前の床に座る謙太を見下ろし、そして小さく息をついた。
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