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第32話・龍之介の事情
家族になりたい。
謙太の言葉に嘘がないのは分かっていた。
それでも、龍之介はそれを素直に信じることが出来なかった。簡単に信じられない理由があった。
封じ込めていた過去の記憶が蘇る。
「……俺、結婚を約束した子がいたんだよね」
「大学ん時の?」
「うん。すごく可愛くて、気が合って、体の相性も良くて。一生この子を大事にするって、そう思ってた」
まだ正座したままの謙太をぼんやりと視界に入れ、龍之介はぽつぽつと話し始めた。
「大学卒業したら結婚しようって話になって、彼女の親に挨拶に行ったんだ。そこでブライダルチェックを受けるようにって言われて」
「なんだそれ」
「子作り出来る体かどうか調べるってこと。彼女は一人娘だし、あっちの実家は地域の有力者っぽかったし、どうしても跡継ぎが欲しいからって。健康には自信あったし軽い気持ちで受けた」
問診、血液検査、尿検査、そして精液検査。検査費用は全てあちら持ち。指定された病院で言われるがままに検査を受けた。
「結果は『無精子症』。要するに、俺は種無しってことだ。その結果を見た途端、彼女はすぐ別れを切り出してきた。……あんなに好きだ、愛してるって言ってくれてたのに」
「……」
「何とか考え直してもらおうと頑張ったけど全部門前払い。終いには向こうの親から手切れ金渡されてさ。……すげえ惨めだったよ」
謙太は何と反応したらいいか分からず、黙ってその言葉を聞いていた。辛そうに顔を歪める龍之介を見上げ、唇を噛む。
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