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第35話・独りの夜
出張当日。
いつもより早い時間に謙太は家を出た。それに付き合って龍之介も早起きして玄関先で見送った。
「さて、と」
久しぶりの一人の時間だ。
謙太の帰宅時間に合わせて夕食を作る必要もない。たまには手抜きをして三食コンビニ弁当で済ませてみるかと考えながら、龍之介は部屋の掃除を始めた。
同居する際に謙太が持ち込んだのは衣装ケース一つとトランク、タブレットやカバンなどの仕事道具のみ。それと、額に入った陽色の写真。写真はキッチンカウンターに置かれているが、それ以外の荷物は全て龍之介の仕事部屋のクローゼットに仕舞われている。
陽色の写真が無ければ一緒に暮らしていることを忘れてしまいそうになるほど謙太の私物は少なかった。他に増えたのは食器や箸、洗面道具くらい。余分な物をあまり増やさないのは、恐らく部屋の主人である龍之介に気を遣っているからだろう。
だから、こうして昼間に一人でいると同居している事すら夢だったのではと思えてしまう。
謙太の出張は二泊三日。
「……うるさい奴がいなくて清々する」
寂しい気持ちを誤魔化すように、龍之介はわざと声に出して強がった。
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