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第5話・謙太の事情
ローテーブルを挟んで向かい合わせに座ってコンビニ弁当を食べながら、謙太は龍之介の方をちらりと見た。
妻の寧花が家出して子どもと二人で家に取り残された時、謙太の頭に真っ先に浮かんだのは龍之介だった。
近くに住んでいる友達なら他にもいるのに『龍之介なら絶対に助けてくれる』と信じて頼った。
思った通り、龍之介はすぐに駆け付けてくれた。それがどれだけ心強かったことか。
「リュウ、子どもの世話に詳しいのな」
「一番下の弟とはトシが離れてるからな。あと、すぐ下の妹が去年二人目産んだとこ。たまーに子ども預けにくる」
「あ〜聞いたことある。エッ弟いま何才?」
「十五」
「十も下じゃねーか。すご」
龍之介には育児に関する知識や経験があり、子どもを育てる親の大変さも身に染みて分かっている。
だからこそ、父親でありながら何もしていない謙太をあそこまで叱りつけたのだ。
「そんなことより、おまえどうしたんだよ。陽色が生まれたばっかの時は『なんでもやる!』って言ってただろ」
龍之介が出産祝いに訪れた時、生後一ヶ月ほどの陽色を抱きかかえ、だらしない顔で笑いながら謙太はそう言っていた。
それを聞いて、隣に寄り添う寧花も嬉しそうにしていた。
あれからまだ半年。
連絡がないのは上手くやっている証拠だと思い、夫婦や親子の時間を奪わないよう龍之介は遊びや飲みの誘いをしなくなった。
だが、まさかこんな事になっているとは。
「実は、あの後すぐ会社で部署異動があってノルマがめっちゃ増えたんだ。毎日残業と接待飲みで」
「はぁ、そういうことか」
あの時とは状況が変わったということだ。
慣れない部署。
新しい仕事。
ノルマ。
接待。
仕事に追われているうちに疲れ果て、たまの休みは寝るだけで終わり、本来家族と過ごすはずの時間を奪われてしまった。それさえ無ければ、おそらく良い父親として育児にも参加していたはずだ。
「最初は寧花も仕方ないって言ってくれてたんだけど、ここ一ヶ月くらいはずっとイライラしてて」
「……陽色、ハイハイとか掴まり立ちするようになったんじゃないか? 自分で動くようになると危なくて目が離せなくなるし、もし夜泣きが始まってたら寧花さん眠れてないだろうし」
「夜泣き……どうだろう。オレ、一度寝ると朝まで起きないから」
「……はぁ〜〜〜……」
夜泣きした子どもを必死にあやしながら全く起きる気配のない夫の寝顔を見ていたら多分めちゃくちゃ腹が立つだろうな、と龍之介は何度目かの溜め息をついた。
「とにかく、寧花さんに戻ってきてもらうには、おまえ自身が変わらなきゃ駄目だ。口先だけで誤魔化すんじゃなくて、ちゃんと行動で示せ」
「…………土下座とか?」
「おまえの土下座に価値なんかねーよ」
「ひどくね?」
「ひどいのはおまえだ! 寧花さんがいない間、自力で陽色の面倒を見るんだ。そしたら許してくれるかもしれないぞ」
「許してもらえなかったら……」
「「離婚」」
そこだけ綺麗にハモってしまい、二人は頭を抱えた。
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