ある、春の日に

2/4
前へ
/7ページ
次へ
 大好きなあの子の寝顔が目の前にあって、 (村野井(むらのい)?! なんで)  って大混乱を起こした時にはもう、俺は身体を動かせなくなっていた。  村野井のあたたかな両手で、しっかりと固定されているからだ。  というかこの子より大きいはずの全身のサイズ感は、妙に小さい。  両腕を上げたまま下げることができなかったので、 (あ、もしかして、俺があげたぬいぐるみ?)  ポーズ的に、中身に憑依している? と思い至ったのは、部屋の暗さと村野井のおだやかな表情に、見慣れてきた頃だった。  ぬいぐるみだから、長袖パジャマの寝姿を、まばたきせずずっと見ていられる。  ドキドキ、ドキドキ、言い続けている心臓も、たぶん聞かれていない。  目を閉じたままの村野井の唇がかすかに動き、少しうねった長い髪がぱさ、と俺の顔に降ってきたあと、  互いの間から、明るくしゃべる女の人の声が流れ始めた。 (イヤホンか! びっくりしたぁー)  ピンク色のイヤホンが片方、あの子の耳から零れ落ちたんだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加