花のいのち

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花のいのち

「打合せ室に来てもらえるよう、西野さんを呼んでもらえるか」  そう西野さんのとなりの席に座る社員に伝え、消えていった部長の背を見つめながら、わたしは溜息を吐いた。  部長はまた、西野さんだけを呼び出した。  いったい、どういった話をするんだろうか。  新規プロジェクトの話? システム不具合の話? 新入社員の話? ……昇進の話? 部長はいつも西野さん贔屓だ。  考えても仕方ない。わたしには関係ない話だ。だれもわたしのことなんか、頼ってくれない。どうせ、何の役にも立たないと思われているのだろう。だってわたしは、部長の席のうしろで花瓶に活けられている花なのだから。 「部長、この花、いつまで経っても枯れませんね。だれかが水を入れ替えているところも見たことがないし。胡蝶蘭て丈夫だっていいますけど、ここまで枯れない花は見たことないですよ 」  西野さんは部長の横に立ち、わたしを見ながら不思議そうにつぶやいた。 「なんだ、西野さん。まさか、わかってなかったのか? それは造花だよ。今時はよくできてるからな。本物と見分けがつかないよな」  部長は背にあるわたしにむかって、両腕を上げて伸びをしながら、西野さんにそう教えた。  その言葉を聞いて、焦ったのはわたしだった。わたしが造花だって……!? わたしが、生きてないってこと!? そんな馬鹿なことってある!? 役に立たないどころか、生命すら与えられていないと!? では、この感情はすべてニセモノ、いや、それどころか存在すらしていないというのか!?  わたしはパニックだった。視界は瞬く間にぼやけ、なにもかもが不明瞭に映った。 「造花とはいえ、ここに花が置いてあるだけで、書類しかない殺風景な場所に、うるおいがあると思わないか、西野さん」  部長はいっさいわたしに目をやることなく、西野さんに笑いかけた。 「そうですね。わたしなんて年々皴やシミが増える一方で。変わらない美しさに憧れてしまいますよ」  溜息を吐く西野さんに、でれでれとした笑みを浮かべた部長は、 「西野さんなんてまだまだ若いじゃないか。おれなんて、書類の字がぼやけてぼやけて。わっはっはっ」ご機嫌そのものだった。  ガシャーン。  そのときだった。部長と西野さんのうしろで、造花のわたしは地面に落下し、花瓶は割れた。 「え? 今、風でも吹きましたか? 造花のガラス花瓶が割れてしまいました……」  西野さんのあっけに取られたような声が届いた。わたしはもはや地面に叩きつけられていたので、その顔は下から覗い見ることしかできず、彼女の尖った顎をとらえるばかりだった。 「西野さん、怪我はなかったか? 破片が飛び散ったからね。危ないから早く掃いて捨ててしまおう。箒と塵取りは、どこだったかな」  部長の西野さんを気遣う心配そうな声と、会社員らしい機敏な対応。ああ、こんなときですら、わたしの心配は、やっぱりしてくれないのね。わたしは、どうせ……造……。 「部長、わたし、この胡蝶蘭もらってもいいですか? 花瓶は割れてしまったけど、この花、ずっとわたしには生きているようにしか見えなくて」  西野さんはなんとわたしを拾い上げ、そっと胸に抱いた。  に、西野さん……!! わたし、今までずっとあなたのことを目の敵にしていたのに!!  西野さん……! 西野さん……!! わたしは透明の水に似せた樹脂を茎に纏いながら、声にならない声で精いっぱいに西野さんの名を呼んだ。
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