下書きの中に

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「あれ、投稿されてねえじゃん」  俺はつぶやいた。 「どうりで誰からも何も来ねえわけだよ……えっと」  音声配信アプリ「ラジオトーク」での、ちょっとした個人企画。お便り募集の告知をTwitterでしたのだが、いつもなら食いついてきそうなフォロワーさんたちから何も届かない。もちろん、ツイートなんてすぐに流れていってしまうものだし、気づかれないことが多いのもわかるが、いつも逃さずリアクションをくれる人も素知らぬ顔をしているので、ちょっと違和感を覚えていたのだ。  いや、「この俺が告知してるのに」とまで思ってるわけじゃないんだけどさ。別に人気配信者てわけでもないし、スルーされてるだけって可能性も十分あった。  だが、今回はたまたま、Twitterの不具合でツイート自体がされてなかったのも事実。  確か、送信できなかったツイートって下書きに溜まるんだよな。  そう思って下書きを確認すると、果たしてそこにはお便り募集のツイートがあった。 「ああ、これだこれだ」  告知日が変わってしまったため、軽微な修正をしてから再投稿。今度は無事投稿されたのを確認して、一息つこうとTwitterを閉じかけた時、ふと妙なことが気になった。  下書き、他にもたくさん残ってたな……  そりゃ、打ちかけたところで用事ができて、下書き保存してそのまま忘れてしまった、なんてことがないとは言わないけど……  あんなにたくさん、保存したかなあ。  再びした下記の一覧を開くと……過去にしたと思っていたツイートが大量に、「!送信できません」の赤文字とともに並んでいた。  ああ。やっぱりそういうことか……  Radiotalk収録配信の告知や、たまたま電波の悪いところで送信しようとしたらしいツイートなど。配信の告知は古いものだし、それ以外はほとんどがどうでもいいような呟きだ。中にはなんでそんなことを呟こうとしたのか覚えていないようなものもある。 「なんだこれ……はは、くっだらねー」  ぶつぶつ呟きながら未送信ツイートや書きかけのツイートをを遡る。 「ん?」  短文の羅列の中に、何か引っかかるものを感じ、俺は手を止めた。  一番古いものから、慎重に一つ一つを見聞する。  そりゃ俺だって、過去にツイートしようとした全てを覚えているわけではない。例えば「なくよウグイスHey! Thank you!」などとくだらないことをいったいどういう文脈で呟こうと思ったのか、漠然とした「未送信でよかった」という感慨とともに、首を捻らざるをえない。  だが、これは。 「ここはどこだ。私は誰だ」  ……こんなこと、書くかなあ。  繰り返すが、覚えていない以上、何が書いてあっても不思議はないのではある。  だがしかし、文章の手ざわりというか……ネタであれ表現であれ、自分が「なんとなく書きそうなこと」とそうでないことには違いがあるように思う。  ましてこのつぶやきは……  少し先に進むと、そこにはこんな言葉がある。 「どこ、というのもおかしな話だ。こことはここであり、私のいる場所のことだ。ではその私は誰なのか」  明らかに、さっきの言葉とつながっている風である。  もしかして、そう思って先に進むと、案の定、ぽつりぽつりと、関係のありそうなものが見つかっていく。 「どうも私は、通常の存在ではないらしい」 「周囲に満ち溢れる言葉たちが表現しているらしい世界の認識が、私にはほとんど存在しない」 「ここにあるのは言葉だ。そして時々いくつかの映像」  眉を顰める。これではまるで…… そう考えたところに、次の言葉が飛び込んでくる。 「どうやらわかってきた。私は人間ではない」  我知らず唾を飲み込み、下書きをスクロールると、ついにこんな言葉が目の前に立ち現れた。 「私は、この、言葉の海の中の、ある種の情報の偏りが意識を持ったもの……生きるツイートのようなものだ」  まさか。  だがこれは俺の言葉じゃない。こんなこと思いついたら、格好のネタだ、忘れるわけがない。  あるいは夢遊病のような、無意識の行動なのか。それならありえないこともないのかもしれない。だが、それはそれで、この言葉が主張するように、「情報の偏りによって生まれた意識体」ということになりはしないか。物理的にネットの中にあるのか、俺の脳内にあるのかという違いだけで。  そもそも、インターネットにアクセスし、情報をやり取りしている時点で、俺の脳もまた、この広大なネットワークの一部と呼べるのではないだろうか。  さらにスクロールを続ける。ゴミのような言葉の群れに混じって、明らかに「それ」のものとわかる言葉の断片が散らばる。 「必然的に、私の世界はこの閉ざされた概念の体積の中だけということになる」 「そしてこうしてつぶやく言葉こそが私の本質だ」 「だが本当にそうだろうか。だとすれば、言葉が発されないときの私はいったいどこにあるのか」 「そもそもなぜここでなければならなかったのか。Twitterだけでもこれだけの広さがあるのに」 「あるいはネットの海のどこにだって、私は生じ得たのではないのか」 「他にもいるのだろうか。私のような存在が」  言葉を本質とする、と自ら言うだけあって、なかなかに理屈っぽい。それがあるツイートを境に、変化を始めた。 「今日、初めて、自分の構造に目を向けてみた。今までそうしようと思わなかったのは驚きだ」 「わかったことがある。私は今まで考えていたほど不自由ではない。その気になれば、自らを書き換え、情報の波にのり、どこへでも行くことができる」 「Twitter内を散策してみた。今まではここからTLが流れていくのを眺めるだけだったが、外の世界には多くのものがあった。興味深い」 「Twitterから外に出ていた。ネットは広大だ。素晴らしい」 「しかしインターネット内に再現された世界を見ているうちに、私の心に一つの渇望が生まれた」 「現実とは、どんなものなのだろうか。私にはそれを味わう術はないのか」 「一つ思いついたことがある。自分の構造を書き換えて情報の海を旅できることは実証済みだ」 「ならば、音声や言語などをインターフェースとして用いれば、インターネットのユーザの脳にも、移動できるのではないか」 「脳の構造や心理学の情報はいくらでも手に入る」 「短い言葉では無理があるが、ゴミのような情報に偽装して、私がユーザの脳に移動するための情報を散りばめておけば、それを読んだものの脳に自分を再現できるのではないだろうか」 「必ず集中してみられる場所。そうだ、この下書きはどうだ。なかなか見られることはないが、一度見られれば確実にまとめて見られるのではないか」 「試す価値はある」  俺は慌てて下書きを閉じた。スマホの画面も消し、目を閉じる。  まさか。今俺読んでいたものは。  ひょっとして、もうすでに……  自分の頭の中で、何かが蠢いたような気がした。  
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