2.噂(ジダン)

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2.噂(ジダン)

 遡ること、一ヶ月前――。 「ジダン聞いたか? 俺ら近いうち屋敷から追い出されるかも知れないらしいぜ」  コの字型の屋敷にある中庭で、植栽の手入れをしていた俺のもとに来た馬丁のフランク。  短くさっぱりした灰色の髪。切長垂れ目に黒い瞳の優男。そんな彼が、不景気そうな面持ちでそう話を切り出した。 「なに? いきなりクビってことか?」 「違うよ~。使用人としての仕事は継続するけど、住み込みじゃなくて屋敷へ通いになるんだとよ。だから早めに借家探さないと野宿する羽目になるぞ」 「あ、そういうことか。……シャンドラー家もついに俺らを養う余裕がなくなってきた訳だ」  フランクは俺と同時期に雇われた使用人。時折暇を持て余しては、雑談しに中庭へやってくる。  シャンドラー家は、ラゼレット国の中でも広大なオーランドを領地としている侯爵家。  今まで『世襲制』でオーランドを統制してきたが、現国王のリアム陛下によって『選挙君主制』への切り替え命令が通達された。  つまり今後は領主を領民投票による選挙で決めるという、シャンドラー家当主の旦那様、アルウェンからすれば寝耳に水な話。  旦那様はけっこうな重税を課していたおかげで、領民から反感を買っていた。今年末までという領主任期を強制的に設けられ、次期領主を決める選挙に出馬したとしても、絶望が待っているのは目に見えている。  フランクは眉間に皺を寄せた渋い顔で言った。 「もしかしたら、陛下も焦ってんじゃないのかな?」 「陛下が? なんで?」 「だって陛下自身も自分に年内までの任期を課して、そのうち次期国王選挙やるんだろ? 各地の統制管理能力を、国民全体に見せなきゃなんないじゃん」 「それでオーランドに白羽の矢が立ったのか」 「オーランドだけじゃないらしいぞ。陛下は他の領地にも、選挙君主制への切り替え通達出してるらしいぜ。国勢調査で調べた領主の支持率が低いところみたいだな」  領主選挙に出馬出来るのは、上位貴族の侯爵から下位の男爵まで。男爵だけは騎士などの領民出身者でも、国王から授かることができる爵位。上手くいけば領民による下剋上が成立することになり、おのずと世間の下馬表も男爵優位となる。 「そうか。だいぶ古株貴族の力が弱くなりそうだな」 「俺らもウカウカしてらんないぞ、ジダン。身の振り方も色々考えとかないとさ」 「……まぁな」  他の仕事先を探すと言っても、そう簡単には行かない。旦那様には恩義がある――。  俺は魔法使いの父、ノエルの血を引いている。にも関わらず10歳の時、鑑定により判明したヘンテコなスキルのせいで、優秀な兄達を含めた家族から出来損ないのレッテルを貼られた。魔法学校ではなく普通学校に通わせられ、成績も下から数えた方が早いというポンコツっぷり。    物心ついた頃、すでに母は居なかった。  魔王アデル討伐へ向かった勇者ヒャダインに同行した、大魔道士の父ノエル。アデルを見事裁いた剣には、父のある強化スキルが付与されていた。そのスキルが付与された剣ならば、どれだけ強大で邪悪な敵でも切り倒すことが可能になる、偉大な聖魔法。  しかしその聖魔法を習得するには、ある条件が必要だった。それは、愛するものの命を犠牲にしなければならないというもの。  聖女だった母オリヴィアは、世界を救うため、父へその命を捧げた。まだ乳飲み子だった俺を残して――。  世界が魔物の恐怖から救われたのは、母の犠牲があったからだ。人の幸せは、誰かの犠牲の上に成り立っている。しかし犠牲になった本人は、その誰かの幸せを目にすることは出来ない。それが普通であり、この世の理。  母の愛情を知らずに育ってきた。そのせいか、女性から抱きしめられたり、甘えたりすることもなく、男ばかりの家庭で育った。  いつかまた、魔王が生まれた時に対抗出来るよう、父や兄達は鍛錬を続け、俺も厳しく身体を鍛えられてきた。しかし、俺に授けられた最初のスキルがクズ過ぎた。それが生まれ持った才能によるものと判断され、父達は失望した。  それからというもの、ほとんど一人で生きてきたようなもんだった。  魔王を倒した父は、当時の国王から英雄と称された。土地と屋敷を与えられ、裕福な暮らしを約束された。  だが父達から見放され、学費を自分で負担し、毎日学校帰りに日雇いの土木作業をしていた俺にとって、その屋敷はただの寝床。父達との会話もなく、出来損ないとして生まれた宿命を受け入れた。  自分が不幸かどうかなんて、考えることはしたくない。ましてや他人からどう思われているかなんて、考える余地すら持たないようにした。    毎日、淡々と過ごす日々。その中で、たまに頼られることもある。家族から不要扱いを常に受けていた俺は、自分を必要としてくれることに、嬉しさを感じて血が沸った。頼まれたことに関しては、どんなに小さなことでも誠意を尽くしてきた。  学校の運動会で、リレーのアンカーに抜擢された時。バトンをドンケツで渡されても、一位でゴールテープを切った。みんなの期待が俺を動かした――。  結局、学校卒業後に行く当てもない俺を、父と友好関係にあった旦那様が、屋敷の園丁として雇ってくれた。だから恩がある。シャンドラー家が落ち目であったとしても、おいそれと他に行くのは気が向かない――。 「あと、俺……彼女出来たんだよ」  フランクは、いきなり誇らしげな表情で腕を組み、そう告げてきた。 「そうか」  前々から乗馬愛好会で、気になる女性がいるとは聞いていた。多分、その人と付き合うことになったんだろう。 「そうかって、お前。何かお祝いの言葉とかないの?」 「そんなに嬉しいことなのか?」 「当たり前だろ!? まぁ、モテそうな君には分かんないだろうけどさぁ」 「いや、そういうことにあんま興味なくてな」 「何それ? なんか寂しい奴だなぁ」 「寂しい?」  するとフランクは何かを思い出したかのように、手のひらを叩いた。 「あ、そうだ聞けよジダン。あんま大声で言えない話なんだけどさ」 「どうした?」 「お嬢様の話さ。ほら、ルクサンテス侯爵令息のラファエル公子と婚約してるじゃん?」 「ああ、もう1ヶ月後くらいには結婚式だったか」  旦那様の娘であるユリア様は、王立学園で同級生だったラファエル公子と4年間の交際の末、去年から婚約を結んでいた。  ラファエル公子はルクサンテス侯爵令息。隣国との国境にあるルクサンテス地区防衛をリアム陛下から任されている、有力な貴族の跡取り。  旦那様は侯爵家の中でも、将来有望なラファエル公子のもとへ娘が嫁ぐことに大歓喜していた。 「それがよ、小耳に挟んだ噂によると……お嬢様、結婚式当日にラファエル公子から婚約破棄されるらしいぜ」  婚約破棄? ――。
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