第1章:閉鎖された世界

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「よし、綺麗になった」 「ありがとうございます」  せっかく観月を見つめられる時間だったのに、脳内で回想することに処理を割いてしまった。もったいない。 「ところで、そのガラクタは、いつまでつけてるんだ」 「ガラクタじゃないです」  陸は即座に否定した。観月のいうガラクタとは、陸が左耳につけているネジのことだ。もとは観月が右耳にピアス代わりにネジをつけていて、それを見た陸が「自分もつけたい」と観月に同じネジを探してもらったのだ。それは陸の型番よりもずっと昔に廃番になったアンドロイドの部品だった。 「僕が拓也に作ってもらったという証です」 「ステータスを見れば、担当技師の名前は登録されている」 「見て、すぐわかるのがいいんです」  当然だが、人間である観月とアンドロイドである陸は身体の構造が違う。しかし、この耳のネジだけは同じ部品を共有しているようで、陸にとってはそれが嬉しかった。  ただ、観月に対する陸の気持ちは残念ながら解析できない。  陸の中で、こういうことは多々ある。観月が陸の体の隅々を観月が触るたび、陸の心拍数は上昇する。嬉しいという感情が昂るのをいつも感じるのだけれど、ある一定の数値まで達するとゼロに戻ってしまう。楽しいという感情もそうだ。観月に対しては急激な数値上昇があった場合、上限にリミッターがかけられているようで、その設定値は陸からは確認ができない。観月と一緒にいたい、話したい、そばにいたいと思うのに、感情を司る脳と同じ機能を持つはずの精密機器は演算結果を出せないでいる。観月に対して担当技師であるということとは別の感情があるようなのだが、それも不明確だ。答えのない感情を持つことは人間に似せているのだろうけれど、ペッパーやソルトに聞いても、そんなものはないと言う。  そして陸自身のことを、観月はどう思っているのだろう。たくさんのアンドロイドたちと同じであってほしくないと思う自分がいる。できることなら観月にとって特別でありたい、と陸は思う。本当は自分だけを触っていてほしいし、自分だけを見ててほしい。この感情を陸の脳内では「嫉妬」と名づけている。しかし、なぜ嫉妬するのか、については、やはりわからない。昔はこういうことはなかったはずだ。
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