第1章:閉鎖された世界

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「ゴホッ、ゴホッ」 「大丈夫ですか?」  突然、目の前で咳き込んだ観月の背中を陸がさする。 「すまない。大丈夫だ」 「煙草、吸い過ぎなのではないですか」 「それくらいしか嗜好品がないんだ。大目にみてくれ」  観月は持っていたピルケースから薬を取り出して口に入れた。最近では、発作が起きると言って薬も服用しているらしい。きちんと一日3回飲めば命に別状はないと言っていたが、そんなにギリギリな状態で大丈夫だろうか。 「そんな咳をされたら心配になります。お医者さんに診てもらえたらいいんですが」 「ここはアンドロイドを治す人間はたくさんいるけど、人間を治す人間が少ないからな」  自虐的に呟くが、観月の言うとおり、この地下には人間とアンドロイド、合わせて千人くらいいるが、人間よりもアンドロイドの方が多い。  病気を患うと長く生きられない。十年近くこの地下にいて、病からそのまま死に至った人間を観月も陸も多く見てきた。でもそれでも地上へ出るわけにはいかない。  この地下にいる人間は、何かしら事情があって地上に戻れない。戻らない者が多い。罪を犯して逃げてきたもの、新しい世界を求めて来たもの、様々だ。 「拓也は、どうしても地上に戻らないのですか」 「……」  陸はメーカーリコールが出ている回収対象の筐体なので本来、稼働してはいけないアンドロイド、いわゆる不正改造アンドロイドにあたる。しかし、観月はそのような事情はないはずだが、地上には出られない理由は教えてくれない。  ハダリーの主宰であるキングと呼ばれる男は背が高くて長髪で、目が細い男だがいつもうっすらと微笑んでいる。見た目は少々不気味だが、声音は優しい。アンドロイドに対して敬意をもって接してくれる。そのキングがたびたび観月と話しているのを見かけるときがある。観月に対して信頼を寄せているのは見ていればわかる。観月はキングの「アンドロイドと人間の共存』について同調し、手を貸しているのではないかと思う。  地上に出ることはキングに対して裏切ることになるとでも思っているのだろうか、それは陸にはわからない。 「もし拓也が死ぬようなことがあったら、僕は廃棄されてもいいと思ってます」 「確かに君のシリーズを直せる技師は多くないからな」 「そういう意味じゃありません」 「僕は思ってるよりしぶといから大丈夫だ」  観月は言っているそばから、白衣のポケットに入っていた煙草の箱を取り出し、おもむろに火をつけた。 「そうやって、また煙草を吸うからですよ! 薬飲みながら煙草吸うなんておかしいです」 「これが、唯一の楽しみなんだよ」  ふ、と目尻を下げる観月の髪に白髪がちらりと見えた。  回収の指示があってから十五年後、電源が入った瞬間、目の前にいたのは大人の顔の観月だった。高校生の顔で記憶していた観月を見て驚いたものだ。  そしてその時驚く間も無く、これから自分たちはこの地下で暮らすのだと聞いた。きっと観月は捨てられる自分を気の毒だと思って連れ出したのだろう、と推測している。なぜなら、陸はここに運び込まれるまでの記憶が欠落している。  しかし今の陸は満足している。ここで一緒に働いている仲間は、人間もアンドロイドもいい人たちばかりで、毎日が楽しい。  そして何より、そばに観月がいればどこだっていいのだ。
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