第5章:幾数年の時を超えて

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第5章:幾数年の時を超えて

「これ、すごくないか?」 「確かにこの回路を使えば、警告が減らせる。合理的だ」  男性同士が小さな声で会話するのが遠くに聴こえ、陸はゆっくりと目を開けた。 見慣れない天井、横たわっている自分、そして横には見知らぬ機器がカタカタと稼働していて、常に何かのログを記録しているようだ。  陸は起動準備が完了したのを見計らって、自力でゆっくり身体を起こした。ケーブルが繋がれているだけで、特に拘束具は着けられていないようだ。 「陸、起きたかい?」  少し離れたところにいた白衣の男が、陸に向かって歩いてきた。この声は、意識を失う前に会った土井光だろう。 「君たちのシリーズは、完全充電には丸一日かかるんだな」 「では、僕は丸一日寝ていましたか?」 「ああ。目覚めはどうだい?」 「悪くありません」  脳内の時計が正確な時間になっているのを確認する。ただ現在地は把握できない。しかし、マンホールからすぐ土井光に会えたというのは奇跡だったのか、それとも観月の想定内だったのか。 「はじめまして、陸」  土井光の隣に、もう一人、現れたのはシャツにデニムのジーパンというラフな恰好の眼鏡姿の背の高い男だった。 「あなたは……?」 「乾直人。光と同じように、アンドロイド技師だ」 「おい、まだ俺だって陸に挨拶してないのに」 「会ったときに手短に済ませたんだろ?」 「バカ、こういうのは最初が肝心なんだよ」  光が騒いでいる間に、陸が『乾直人』を検索するとトニーエリクトン社の開発チーフと表示された。トニーエリクトン社というのは、聞き覚えがある。確か、トニー社の子会社でアンドロイド開発会社のはずだ。 「今なら、俺の名前が検索できる。土井光、無職ってな」 「無職を威張るな」 「だってしょうがないだろ。まだ、俺の会社の『土井工務店』は登記してないし」 「そのネーミングセンスをどうにかしろ。早くうちの契約社員になれと言ってるだろう」 「えー」  とても仲が良さそうな二人を見ていると、気持ちが和む。しかし、あまりのんびりできない。陸は周囲を見渡す。 「どうした、陸」 「単刀直入に聞きます。土井光、乾直人、僕はあなたたちを信頼していいのでしょうか」  二人は陸の言葉に顔を見合わせた。 「陸、俺のことは光、こいつも直人でいい。俺たちも君に聞きたいことは山ほどある。今までどこで何をしてたのか、そして君を整備していたのは誰か、ということも含めて」 「わかりました。僕の記録にあることをすべて話す代わりに、機密事項契約に捺印をお願いします」 「いいだろう」  光と直人は右手の親指を差し出し、交代で陸に額に押し当てた。これはトニー社時代からの契約方式でアンドロイドの額に親指の指紋を記録することになっている。どうやらそれは今でも変わらないようだ。
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