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第8章:失われた記録
これは夢か、それとも遠い日の記憶だろうか。とにかく現実ではないことはわかっている。運ばれていった拓也の安否が気になりながら、陸は目を開けた。
「僕だよ。わかる?」
陸は自分の目を疑った。声紋は間違いなく自分を作ったアンドロイド技師の観月拓也なのに、思っていた見た目と、目の前の男性は明らかに違った。自分の知っている観月はあどけなさの残る高校生だった。こんな風に、髭を生やした、推定年齢三十五歳の男性であるはずがない。
「十五年ぶりなんだけど、あまり懐かしさに浸ってもいられない」
「どういうことですか?」
「君をここから連れ出そうと思っている」
「ここからって、ここはトニー社ですよね」
「いや、トニー社はもう存在していない。開発業務は、トニーエリクトン社という会社が引き継いだ。そして、ここはその中にある溶解施設だ」
どうりで先ほどから、ここは室内なのに気温が高いと感じるはずだ。
「陸、君たちのシリーズがリコール対象になったのを覚えているね?」
「はい」
アンドロイド技師たちが泣きながら、陸を綺麗にメンテナンスして電源を落としたのが最期の記憶だ。この先、電源を入れられるかどうか、わからない、と口々にお別れの言葉をかけてくれたことも鮮明に覚えている。それから十五年も経過していたなら、観月の見た目が変わるのも無理はない。
「僕はこの日をずっと待っていた。君を連れ出すのは今日しかない」
「連れ出すってどこに行くのですか?」
「地下にあるアンドロイド再生工場だ。そこで僕と一緒にしばらく働いてもらう」
「拓也と、一緒……」
陸は、思わず頬を緩ませた。
「君を連れ出した僕、回収し廃却処分になる君、二人が生きていける場所はそこしかない。でも二度と地上には戻れないかもしれないが」
「行きます」
観月の返事を待たずに、陸は答えた。
「陸、君は選んでいいんだよ」
「拓也こそ、僕の気持ちを知っているくせにそんなことを聞くんですか?」
「……」
目の前の男は恥ずかしそうに俯く。
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