第1章:閉鎖された世界

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「遅れました! すみません!」 「……」  診察台を拭いている薄汚れた白衣の背中は陸の声に反応しない。明らかに気分を害していることは伝わってくる。 「でも、僕、調子いいから、すぐ終わると思います」 「それは君が決めることじゃない」  男に睨まれ、陸は蛇に睨まれたカエルのように、ひっ、と肩をすくめる。 「座りなさい」 「はいっ」  陸が勢いよく作業台に飛び乗るとガチャッと金属同士がぶつかる大きな音がした。  この地下では多くのアンドロイドが働いており、彼らのメンテナンスをする技師も十数人ほどいて、中でも、この白衣の男、観月拓也はその中で一番と言っていいほど優秀なアンドロイド技師だ。  観月は日本で有数のアンドロイド開発会社であったトニーエリクソン社で開発マネージャーを務めていたほどのトップレベルの技術者だ。並外れた知識とIQを持った観月は高校生の若さで、日本におけるアンドロイド開発の第一人者であるトニー社の土井光之博士に開発メンバーとして招かれ、トニー社が手掛けていた陸海空シリーズの内、工業用仕様の陸シリーズの開発に携わった。要するに、観月は陸の生みの親であり、今でも陸の担当技師として登録されている。  そして世間では『どんな仕様のアンドロイドでも修復できるほどの技術を持った技術者がいるらしい』という都市伝説があり、何でも治す医者であるブラックジャックのアンドロイド版という意味なのか、その技術者のことをナイトジャックと呼んでいる。その正体が観月であることは、この地下にいる人間にも、ほとんど知られていなかった。
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