第二章

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ある晩、ふらりと店にやってきた涼の唇が切れていた。どこから見ても喧嘩をしてきました、と言っている風貌に俺はため息をつく。 涼が喧嘩の名残を漂わせて俺の前に現れることは、まずない。だから軽い衝撃を受けた。 カウンター席に座る姿は、座るというよりも体を沈めているようで、涼の心も体も疲弊しきって見える。さすがの俺も黙っていることはできなかった。 「涼。あまり心をすり減らすなよ。」 俺が差し出した温かいおしぼりを受け取りながら、涼が疲れたように笑う。 おしぼりを袋から出さずにそのまま両目に押し付け、その目を俺から隠した。まるで心配する俺の視線から逃れるように。 「すり減ってくれた方がありがたい。心がすり減ってなくなれば、もう痛みようがないよな。」 俺は唖然とする。何て言えばいいのかわからない。 涼が思わずこぼした本音はあまりにも俺の奥底に突き刺さりすぎて、しばらく心が浮上できなかった。 「こんな痛いだけの心なんて、いらねーよ。」 涼がその傷をさらけ出し、苦しいと訴えたのは、これが初めてだった。 そんなに美夜ちゃんに会いたいのか。 美夜ちゃんを失って空いてしまった涼の心の穴は、埋まるどころかどんどん深くなっている気がする。 「喧嘩して殴られたって、心の痛みをごまかすことなんてできないだろ。」 「俺を真っ向から殴ってくれるヤツなんて、いねーんだよ。売られた喧嘩を買ってやってるのに、どいつもこいつも、使えねー。」 おいおい… お前はどんだけ強いんだ? 俺は涼を凝視する。 涼がこの辺りの不良たちに恐れられるほど喧嘩が強いことはもちろん俺も知ってはいたが、どうやらそれは、俺の想像など遙かにしのぐレベルらしい。 さらに心が荒んでいる今の涼なら、情け容赦など皆無だろう。とことん相手をぶちのめすのだろうから、喧嘩を売った相手は相当後悔しているに違いない。 それでもきっと、暴れまくった後の涼に残るのは、相手を殴った拳の痛みと心に巣くう虚しさだけだろう。 呆れているのか同情しているのか、よくわからないその感情を振り払うように、俺は頭を軽く振った。
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