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「なるほどな…そんな風に涼は、ピアノを弾いている美夜ちゃんの元によく押し掛けてたってことか。」
そこできっと、ショパンの『革命』とやらの話になったり、好きな曲をリクエストしたりしたのだろう。
そうやって涼は美夜ちゃんとの距離を縮めていったのかと、俺は今更ながら納得した。
二人が出会った頃に思いを馳せていた俺を涼の声が現在に引き戻す。
「俺がボーカルとして歌ったら、きっと藍原が喜んでくれる。」
俺は目の前の涼に思わず釘付けになった。
なんで、そんなに幸せそうな顔をするんだよ?
たった、それっぽっちのことで。
美夜ちゃんに会えたわけでもない。
ボーカルを引き受けたことを報告できたわけでもない。
それなのに涼は、満たされた目をしていた。
美夜ちゃんに褒められた歌声を活かしてマイクを握る。今の涼にとっては、そんな細い糸のような繋がりが、美夜ちゃんに続く唯一の道なのだろう。
だから俺は力強くうなずいた。
「そうだな…頑張れよ。」
高校生の暇つぶしのような気楽なバンドでも何でもいい。荒んだ涼の心を少しでも癒してくれるなら。
そんな風に思っていた俺は「来月、ライヴハウスで歌うことになった。」という涼の報告を受け、腰を抜かしそうになった。
涼がバンドに加わってから四ヶ月が経とうとしている。セルリアンブルーの周りの木にも紅葉が見受けられ、季節はすっかり秋になっていた。
もう、涼の目は、俺が良く知る力強さを取り戻していた。彼の周りには尻軽女たちの気配も感じられない。
「えっ!ライヴハウス?そんなに本気レベルのバンドだったのかよ!」
カウンターから乗り出すようにして叫ぶと、涼がにやりと笑った。笑うだけで何も言わずにコーヒーを飲んでいる。
おい!
何か言えよ!
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