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本城がお礼を言付かった相手である翻訳家の新島美里は、翻訳だけでは飽き足らず、少し前にとうとう自分で本を作ってしまった。
しかも、日本語ではなく世界中で一番多く使われている言語、英語で本を作ったのだ。その本のおかげもあり、薩摩切子は海外のからも購入希望者がぐんと増えたのだ。
初めは取材を渋っていたオヤジさんも薩摩切子が認められたことに痛く感謝するようになった。そんな時、フランス人のジュリア・エヴァンが弟子入りしたいとオヤジさんの工房に突然アポも無しに訪ねてきたのだ。
ジュリアは見かけは鼻筋の通った生粋のフランス人だが、元々日本に憧れて学生時代から日本語を勉強していたのでゆっくりではあるが日本語でもコミュニケーションが取れる。
伝統工芸の世界にもAIよる恩恵は少なからずある。一般的にはAIが進化しオフィスワークでの単純作業では機械化が進み人手が要らなくなった。
一方、その機械や仕組みを管理する人間はこれまで以上に必要になった。AIが得意なのは決まりに則って答えを出すこと。そのうち弁護士を筆頭とする士業と呼ばれる人たちも淘汰されると言われている。
少子高齢化やAIの進化でこれまであった仕事がなくなると言われていた。しかし全てがAIに代わるわけではない。それに時代に合わなくなった仕事がなくなればその代わりにまた新しい仕事が生まれる。それに始まりのAIを作りだすのは人間なのだから。
そして3Dプリンターを使って家やビルまで建ってしまう時代になっても人の手で作る伝統工芸品の繊細な趣はまだ機械やAIには造り出せない。それにこんな時代だからこそ、余計に手間暇かかった手作りの作品から人は趣や温かみを感じ取りたいのかもしれない。
そして突撃訪問されたオヤジさんは結局彼女の押しの強さと迸るような熱い情熱に負けてあっさりと弟子入りを許可してしまった。
「俺はもう弟子は取らない」
以前そんなことを言っていた男が随分と丸くなったものだ。そして目でたく弟子入りできた彼女は今は工房近くにあるオヤジさんの家の離れに暮らしている。
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