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表情筋を黙らせている九条薫が店主であるこの店の名はディメンション。ディメンションには次元という意味がある。女が黙ってから一呼吸置いて、店主である九条薫は表情ひとつ変えることなく客の女に告げた。
「どの過去へお繋ぎすればよろしいでしょうか」
九条はその女を見ていた。
早口で捲し立てる女の名前は、鮫島李花、年齢29歳。人の話を聞く気はまるでなく突然自分の事ばかり話す様子から精神と見た目の年齢には差があるようである。
なんでも女は学生時代、周囲にチヤホヤされていたらしい。大学の学部内といった小さな世界の所謂女王様みたいなものだった。みたいなものであるので、もちろん本物ではない。
しかしそれは鮫島という一族の後ろ盾が多大に関係していた。
鮫島一族は、鮫島グループと言って一昔前は華族であり財閥であった。現在でもその勢力は衰えることはない。表の世界でも裏の世界でもその名を知らない者はいないと言われるほどの強い力を持つ鮫島グループ。敵に回すのは極力避けたい一族である。
鮫島グループ会長は懐深く一本筋の通った気持ちの良い人間だと言われている。かなり頭のキレる人間で人を見る目もあることはあまり知られていない。鮫島李香はその末娘であることを利用してわがまま放題生きてきた。
そんな女にもどうしても思い通りにならないことがあった。
九条薫はゆっくり立ち上がると、カウンター越しに立つ鮫島李花に向かって話し出した。
「過去へ行くにあたり、あなた自身に誓って頂きたいことがあります。どんな事が起きてもその状況を必ず受け入れると、あなた自身に誓えますか?」
「受け入れる? 自分に誓う? 何を言っているの」
「要はどんな結果になろうと自分で起こした行動に責任を持てるか、という事です。あなたに出来ますか?」
それを聞いた鮫島李香は、
『受け入れるって何言ってるのかしらこの人。受け入れるも何も起ったことは変えられないでしょ、馬鹿じゃないのかしらこの人』と心の中のそんな思いを隠しもせずに少しキツめな口調で答えた。
「出来ますよ、当たり前でしょ」
「では、ご自分の言葉に責任を持って下さい。今ならまだ、過去へ行かないという選択肢もありますが、どうされますか?」
問われたことに腹を立てた女はやや食い気味に答えた。
「大丈夫です。過去へ行きます」
「分かりました。望む望まざるに拘らずどんなことが起きても事実として受け入れて下さい」
九条薫はそう言うとある物を女の前に差し出した。
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