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過去への扉1
鮫島李花を過去へ送り出した後、九条は控室へと戻っていた。
「さっきの客は何をするために過去へ行ったと思う?」
今週の演奏予定を確認していた蒼井静佳へと声をかけた。
彼は九条がオーナーをしているレストランブルーローズでピアニストとして演奏をしている。長身でスーツが似合うタイプで少し人を寄せ付けない雰囲気がある男性だ。丁度スケジュールを確認するために九条に会いに来たところだった。
「誰かに会いに行ったみたいでしたけど、他に何かあるんですか?」
蒼井静佳には少し人とは違った能力がある。
「それとあのお客さん、大人しいフリしていましたけど九条さんのこと馬鹿だとか罵ってましたよね」
彼には人の心の声が聞こえるという少し変わった能力がある。それ故に大勢の何気ない心の声が聞こえる人混みはあまり得意ではない。幼い頃は、子供特有の嘘がないから故の残酷な心の声に恐れを感じていた。もちろん周りにいた子供には内緒にしていた。それは変なやつだと言われるのが怖いから。そしていつも周りに人がいる時は変に気を張っていた子供だった。
その反動のせいか人と一緒にいるよりも、ピアノを弾いている時の方が気楽だったし1つのことに集中できた。ピアニストになったのもピアノが得意だったこともあるが、上手に弾ければレッスン中の先生もうるさくない。それに他人の心の声に振り回されることなく自分らしくいられたからだった。
「罵るって? あぁ、そんなこと思っていたみたいだね」
そういう九条も心の声が聞こえる。この二人が特殊なだけで決して誰もが心の声を聞ける訳ではない。
「まぁこれで、うちのソムリエも安心して仕事ができるかな」
「どうして本城さんが関係あるんですか?」
「半年くらい前に君も彼の弟の結婚披露パーティー手伝ってくれたでしょ」
蒼井は少し薄らいだ記憶を手繰り寄せた。
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