最終章 忘れられないドロップス

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「マジ電車ギリだな。飛ばすからな、落っこちんなよ」 「うん、離さない」 私は遥のスーツの上から両手を回すとぎゅっと力を込めた。 そして吉野さんに挨拶をしながら見慣れた商店街を走り抜けていく。 一年前、家出してあてもなく此処を歩いていた私の隣には遥が居る。 「遥、今日の夜何食べたい?」 遥が柔らかい黒髪を春風に揺らしながら少しだけ宙をみた。 「有桜の作るのならなんでも」 「それ1番難しいよ」  信号待ちで遥が振り返るとにんまり笑う。   「飯より今日こそ寝んなよ」 「ばか」 「有桜も言うようになったじゃん」 顔を見合わせて笑う。何気ない日常に遥がいて隣に私がいてそれだけで幸せなの。 カロン…コロン…と自転車に揺られながら頭の上から遥の転がすドロップスの甘い匂いが降ってくる。 「ねぇ、毎朝どうしてドロップス食べるの?」  遥は毎朝、家を出る前に必ずドロップスを口に放り込む。 遥は聞こえてるはずなのに前を向いて黙ったままだ。 「ねぇ、遥?」 「一回しか言わねぇからな」 「え?」 「……夜まで会えないから」 小さく呟いた遥の耳は真っ赤だった。   ──私と夜まで会えないことを『忘れる』ため。 私は嬉しくて遥に回した両手に力を込めた。 「遥、好き?」   遥が信号待ちで私の回している両手にふわりと触れた。 「何回言わせんの……好きだよ」 いつもみたいにぶっきらぼうにそれだけ言う。 「私は大好きだよ」  遥が、ばーかと笑った。
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