最終章 忘れられないドロップス

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※※ 今日もいつもの朝がやってくる。 見慣れたダブルベッドには長い睫毛を揺らしながら、遥の寝顔がこっちに向いている。 「遥、遅刻しちゃうよ!起きて」   私は、起き上がり、何度も隣の遥の肩をゆするけど、遥が起きる気配はない。 「んー……もうちょい……優しく起こして」 「え?……うーんと。しょうがないなぁ」 その言葉にもう一度、遥をそっとゆすると私の体はあっという間に遥の長い両腕に閉じ込められる。 「わ……遥っ」 気づけば、私の身体は反転していて私は、遥にベッドに縫い付けられていた。遥の唇はすぐに私の首元に寄せられる。 「え!だ、だめ!遥っ!」 時すでに遅しかもしれない。首元は僅かにチクンとした。 「もうっ、トースト焼くから早くきてね!」 「……ん、……はいはい」 遥はまだ寝ぼけ(まなこ)だ。トロンとした瞳をまた軽く閉じてしまった。昨日、遥はいつ寝たんだろう。昨日は、遥とベッドに入って……記憶をたどりながら、恥ずかしくなってきた私は、頭に浮かんだ情景をかき消した。  私がテーブルにトーストとブラックのコーヒーを並べ終わると同時に、遥がネクタイを締めながらダイニングテーブルの『spring』の席にようやく座る。 「やばっ!有桜、今何時?」 「あと15分だよ。はい、トーストとコーヒー」 「マジか」 私は当たり前のように向かいの椅子に座り、 マグカップを持ち上げた。背もたれには可愛らしい桜の模様が彫られていて、『cherry』の文字が刻まれている。 「遥が寝坊って珍しいね」 遥は飲み込むようにトーストとコーヒー流し込むと、最後にドロップスを口に放り込んだ。  「有桜が起こさねーからだろが」 カロンとドロップスの音を鳴らしながら遥がきゅっと目を細める。 「起こしたよっ、何度も!」 頬を膨らませて口を尖らせた私のおでこをツンとはじくと、遥が意地悪く笑った。 「教えてやるよ。俺が寝不足なのは昨日の夜も途中で有桜が先寝るからだろ!よく寝れるよなぁ、あんなことされながら」  「遥っ!」 遥はにやりと笑うと、私の首元を指差した。 「暑くてもボタン外すなよ。ソレ丸見えだかんな」 真っ赤になった私を満足そうに眺めながら、遥がスーツのジャケットを羽織る。 「だからよそ見すんなよ」 「しないよっ……」 顔が熱くなりながら、私は黒のスラックスに白いシャツのボタンを言われた通り一番上まで留めてスプリングコートを羽織った。 今日から製菓の専門学校の研修会だ。 二人でコンクリ剥き出しの階段を降りると、遥の自転車の後ろに跨った。
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