TAKE 9 クランクイン その2

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TAKE 9 クランクイン その2

「伊織? どうした」  昨夜のことを思い出してふわふわしてる僕の背後で声がした。低音で甘い声。享祐さんの声だ。 「いえ、大丈夫です。おはようございます、越前さん。よろしくお願いします」 「ああ、しっかりやろうな」 「はい」 「あ、でも俺は、何度でもNGオッケーだから」  目の下に薄い皺を寄せて笑って見せる。僕を安心させてくれてるのか、すっと肩の力が抜けた。  ――――本気かもだけど……。いやいや、まさか。  昨夜は結局、濃厚なキスだけで終わってしまった。残念だったわけじゃないよ。そりゃ、少しは、もう少しって思ったけど……。ほら、酔ってたし、そういう気分にもなったってことで……。  ああ、僕、なに考えてんだろ。今日の本番でも、多分、そんな感じになるだろう。 「じゃあ、リハ無しで行きましょう」  簡単に段取りを説明され、いきなり本番。確かにこのシーンをリハするのは酷というもの。始めから本気でやらないとね。NGも興ざめになるから、とにかく体当たりで行く! 「カットーッ!」  弾けるような乾いた音が空気を振動させた。その音に僕も享祐さんも突然現実に引き戻されるよう動きを止めた。  夢中になってた。ここがスタジオであることすら忘れてしまうくらい。 「ああ……大丈夫でしたか?」  僕からゆっくりと体を剥がし、ベッドに座りながら享祐さんが尋ねた。すっと口元を指で拭う。 「いやあ、凄かったですよ、二人とも。鬼気迫る演技でした」 「良かった……」  享祐さんの背中を見ながら、僕が安堵の息を漏らす。よいしょっとベッドから体を起こした。髪がくしゃくしゃになってる。 「直します」  スタイリストさんが僕の髪を整えてくれた。『もうキュンキュンしましたよー』なんて声を弾ませながら。その幸せそうな声を聞いて、僕も胸がいっぱいになったよ。 「これは成功の予感しかないなっ!」  監督が興奮気味に撮れたての画面を見ている。隣で確認する享祐さんも満足そうに頷いていた。 「この手首を取ったシーン、良かったですね。ここで To Be Continued はいい味出てる」 「そう思います。ナイスアイディアでしたよ」  そのシーン。ベッドでの激しいキスを演じながら、僕の手首を取って押さえつけるとこだ。  最初は力を入れて抗おうとするんだけど、そのうち力を抜かせていく。昨夜、二人で考えた。と言うか、自然とそうなったので、いいかもって話してたんだ。監督も気に入ってくれたみたいで良かった。 「じゃあ、10分後に次のシーンやります。川上さん、スタンバイお願いします」  スタッフが声をかける。最初の山場は終わった。後は二人の出会いから物語の根幹部分、相馬亮の家族なんかも出てくる。  まだまだ撮影は始まったばかり。頑張らなくては。
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