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TAKE 12 ため口
連れてこられたのは、隠れ家的レストランだった。知る人ぞ知るで、ガイドブックにも載っていないらしい。ラブホとか言ってたの誰だ(僕だよ)。
「凄いとこご存じですね。さすがだ」
「会員制だからね。お互い大事な秘密基地だから、誰も言わない」
全室個室なんだけど、今いる部屋は屋根がガラス張りになっていて、降るような星空が見える。まるでプラネタリウムだ。
寝転がって夜空を見られるスペースもあって、食後のお楽しみといったところ。
「食事も美味いです」
「そう? 口に合って良かった。デートは合格点かな」
「も、もちろんです……現実でもこんなゴージャスなデートしたことないです……」
「いや、もっと時間があれば色々出来たんだけどね。最近忙しくて」
「お忙しいのに、僕のために時間作っていただいて……申し訳ないです」
親交を深めて、無理なく『役作り』できるよう考えてくれてるんだ。申し訳なさでいっぱいだよ。なのに、僕はまだ敬語で……。
「伊織のためじゃない。俺が来たかったんだ。伊織と」
お造りをわさび醤油にさっとつけ、息をするように言った。享祐さんにとっては、これもまた演技なのかもしれない。相馬と駿矢を演じているんだ。
――――スポンサー欲しさに近づいた駿矢だけど。ホントはそんなに器用じゃないんだ。いつしか相馬に惹かれて、自分の気持ちを偽れなくなっていく。それでなりふり構わず……。
「きょ……享祐」
「え? あ、ああどうした?」
箸を持っていた手がふと止まった。突然呼び捨てにして驚かせちゃったかな。いや、でももう、敬語なんかにしてちゃ駄目だ。
「僕も、享祐との時間が欲しかった。連れてきてくれてありがとう」
わあー、言ってしまったっ! なにこれ偉そうなの。
でも言ってることに嘘はない。本心なんだ。焼き魚をほぐしながら、ちらりと享祐を覗き見る。怒ってたらどうしようと思ったが、そんな心配は無用だった。口角を上げ、柔らかな視線で僕を見ている。
――――合格……かな。
「キスしたくなること言うなよ。まだ食事中だ」
ひえええっ! は、鼻血出そうだー。慌てて鼻の頭を押さえると、目の前で肩を震わせている享祐の姿が。
――――笑われた……。
デザートと珈琲で食事を終え、二人でクッションで敷き詰められたスペースに寝転ぶ。
雲一つないいい天気なのだろう。都会では見たこともない星空が広がっていた。
「酒が飲めないのが唯一の欠点だな」
「僕が運転しま……しようか?」
「ん? いや大丈夫。伊織は飲んでいいんだぞ?」
「ああ、僕はアルコールそんなに強くないんだ」
そうじゃなくても、一人では飲めないよ。
「どうしたんだ?」
「なにが?」
「突然、ため口で。いや、別に構わない。そうしろと言ったのは俺だし」
クッションに乗せた頭をこちらに向けた。星を見るため部屋は小さな足元のライトだけ。だいぶ目が慣れてきたのか、彼の彫りの深い顔が見えてくる。
「成功させたいから……せっかく掴んだ役なんだ。享祐にも迷惑かけたくないし」
享祐の表情が一瞬固まった……気がした。微妙な空気が流れ、しばしの沈黙が……。
「あ、あの、僕は演じるというより、憑依型で……」
「そうだな。俺もそうだ。だから、伊織のことをずっと考えてる」
「え……」
覚えのある香しい匂いが鼻腔をくすぐる。享祐の腕が僕に伸びてきた。長い指が僕の髪をなぞるように触れ、自分の方へと引き寄せる。
厚い胸板に顔をうずめたら、腕に力が入り抱きしめられた。でも、なぜだろう。享祐の体はしんと静かに感じた。
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