TAKE 14 ワインの味

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TAKE 14 ワインの味

 ――――第二話もキスシーンがある……。  僕は台本に一通り目を通してため息をついた。一話目はインパクトが大事だから、当然あると思ったけど、二話目もあるとは。  いや、もしかして毎回あるのかも……。それどころか、さらにエスカレートしてっ!   ソファーに座ってたのに、意味もなく立ち上がってしまった。何やってんだ、僕は。いくら地上波じゃないからって、そこまでやったら放映出来ないよ。  ――――享祐と練習しておきたいな……練習って言うか……会いたい。  嘘の恋人同士。演技だと思っても、やっぱり僕は享祐に惹かれてる。ずっと憧れた人なんだ。そばにいたくてマンションも頑張ってここにしたんだから。  ――――いやいや、今はそんなこと言ってる場合か。享祐に恥をかかせないためにもドラマ頑張らなきゃ。もちろん、僕のためでもある。  もう一度座り直したところでスマホに着信がっ。僕は飛び跳ねる。表示画面には享祐の名前。深呼吸をしてからボタンを押した。 「はい……」  弾みそうな声を無理矢理抑え、普通を装う。 『伊織? 本、もう読んだろ?』  三十分後。僕は享祐の部屋にいた。初めて入る最上階の部屋、もとい、享祐の部屋。  服装もセンスがいいけど部屋も素敵だ。高級家具と言うより、統一感があって洒落ている。都会の大人って感じだ。  モノトーンを基調にしたのは家具やカーテンのみならずキッチンに至るまで。てか、リビング広っ! 僕のとこの全面積は軽くある。 「適当に座って。夕食はもう済んだ?」 「は……、あ、ああ」  コンビニ弁当食べた。今日は幕の内。 「じゃあ、ワインでも開けよう。チーズでいいかな」 「僕はなんでもいいよ……読み合わせ、するんだよね?」  台本持参で来た。まだざっと読んだだけなので覚えていない。撮影は明後日だからそれまでに覚えておかないと。 「もちろん。でもその前に……さ、乾杯だ」  壁に大画面のモニターがあって、それを囲むようにソファーが置かれている。僕は真ん中から二つほど離れた場所に腰を下ろした。  その隣に享祐が座り、グラスを掲げる。部屋の明かりは暗すぎず明るすぎず。お酒を飲むのにはちょうどいい感じの光量。 「乾杯」  グラスが重なる微かな音。すらりとしたワイングラスでブドウ色の液体を口に含む。 「今回もキスシーンあったな」  そのワインを思わず吹きそうになる。チーズをピックで刺しながら何気なく口にする享祐。僕が持ってきた台本を左手でぱらぱらとめくった。 「バスルームの扉に追い詰めて、壁ドン。それから熱烈なキスをする。だって」 「あ……うん。ね、熱烈ね」  平静を装うとするけど、完全に声が上ずってる。それと気づいたのか、享祐が僕をちらりと見て左の眉毛を上げた。 「やってみる? そこの壁で」  顎をしゃくってみせる。僕はその先に視線を送った。バスルームはここから見えるところになんかないけど、リビングと寝室の境になる壁があった。 「う、うん……壁ドンはしたことあるけど、されたことないし。あ、でも本番で驚いたほうがいいのかな」 「ここは壁ドンが主じゃないぜ。追い詰めるところだし、そんなに驚かなくていい。駿矢は落ち着いてる」  確かに。駿矢は自分の気持ちに正直でいようとしてるんだ。こんなことでドギマギしてるわけがない。 「やってみよう。ほらっ」  声とともに立ち上がった享祐が、僕の腕を取りぐいと引っ張った。釣られて僕も立ち上がり、壁の前に立つ。  ガシッ! 肩を掴み、僕を壁に押し付ける。瞬時に役に入ったように熱のこもった双眸で僕を見た。暖色系のライトがムードを上げる。僕も負けないように享祐を見返した。 「いいのか? そんなこと言って」 「いいよ……もう……あんたも、意地が悪い」  享祐の左手が僕の顎から頬にかけて覆ってくる。  ――――リハならここでストップだよっ!?  僕は思わず目を閉じる。 「そんなに力入れちゃ駄目だ」  唇が触れる直前、享祐が小声で諭す。しまった、またやってしまった。 「そう、肩の力を抜いて」 「享祐……あの」  ごめんなさい。そう言おうとした。だけど、それは叶わなかった。享祐の柔らかな唇に絡めとられてしまったから。  いつものフレグランスが鼻に抜ける。キスは甘いワインの味がした。
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