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TAKE 17 青木女史
「はい、カット!」
――――え……カット? どゆことっ!?
突然の声、僕らはスタンガン喰らったみたいにビビッて体を離す。ちらりと見えた享祐の顔はバツの悪そうに唇を歪めていた。
「なんだよ。インターホンくらい鳴らせよ」
「起こされたくないから鳴らすなと言ったのは越前君よね。それに、メッセージは送ってます」
チッと軽く舌打ちするのが聞こえた。後ろ頭しか見えないけど、不満げな表情は容易に想像つく。
「こ……こんばんは」
僕はスーツ姿で腕を組み、僕らを見下ろしている……青木女史に頭を下げた。こんばんはもないもんだけど。
「こんばんは、三條さん。遅くまで熱心ね」
「ひゃいっ」
あ、また声が裏返ってしまった。何やってんだよ、もう。テーブルの上に食べかけのピザとビール。それに台本。
これが置いてあって良かった。それとも青木さんは知ってるのかな。僕らの『秘密の関係』。
「何の用?」
スマホのメッセージを確認し、享祐は座り直した。正面は大画面のテレビ。リモコンで電源を入れると、録画していたのか、某ロックバンドのライブが映し出された。
「映画の台本が届いたから持ってきました。はい、じゃあ、お邪魔のようだから帰ります」
享祐の前にただいま絶賛撮影中の脚本が置かれた。
「なんだ。あの監督、また脚本変えたのか。ったく、しょうもねえな」
ソファーの背もたれに音を立てて凭れ、台本をぱらぱらとめくる。こんな享祐は見たことがない。
照れ隠しもあるのかもだけど、青木さんの前では不貞腐れてる子供のようだ。
「越前君がクレーム付けたんじゃない。ごめんなさいね、三條さん。気まぐれなところがあるものだから……」
「い、いえ、どんでもないです。お忙しいのに、こうして練習に付き合ってもらって感謝しています」
ここで享祐が横目で僕を見た。マズイこと言ってないよな?
「どうせ越前君が呼び出したんでしょ。家が近いからって、自分の都合で呼び出したら駄目よ。早瀬エージェンシー様の大事な大型新人なんだから」
いやいや、それは物凄く言い過ぎだし、見当違いだ。僕はようやく注目されつつある若手の一人。しかもこのドラマに抜擢されたのが大きい。
ウチの事務所、早瀬エージェンシーにはもっと有望な新人はたくさんいるよ。
「わかってるよ。でも、俺も少し不安だったんだ、なんせ初めてのことだから。それに、共演者とは仲良くしたほうがいいだろ?」
もう一度ちらりと横目で僕を見る。僕はしつけられた犬のようにぶんぶんと頭を上下に振った。
「了解です。じゃあ、あまり遅くならないように。明日の現場に遅刻しないでよ」
「はいはい、マネージャー様。ピザ食べたら解散するよ」
全く青木さんの顔を見ることなく、右手をひらひらとさせる。
彼女がここに来て、享祐はほとんど青木さんの方を振り向かなかった。それはやはり、図らずも悪さが見つかった子供がする仕草に似ている。
「享祐、大丈夫かな。うまく誤魔化せたかな」
青木さんの滞在はものの5分もなかった。キッチンカウンターの前あたりで立ったまま。座ることもなく帰って行った。
いつもこんななのだろうか。僕がいたからかな。
「心配しなくてもいい。いや、かえって良かったかもな」
「なんで?」
享祐は膝に肘を置くと、両手を組み、パキパキと骨を鳴らした。
「俺達が現場以外でも、こうして会って練習してるってこと。知っててもらえば、一緒にいるとこ見られても怪しまれないだろ?」
「ああ……うん」
わかったようなわからなかったような……。釈然としないものが残る。だけど、享祐と青木さんのコンビには長い歴史がある。僕にはわからないような、二人に通じるものがあるんだろう。
心配しても仕方ない。僕はまたピザに手を伸ばした。
「待って」
その手首を掴まれた。そんなに強くじゃないけど、僕は驚いて振り向く。
「さっきの続き、しよ」
はっとして、それから息を呑む。だけど、そんな間も与えられず、享祐のキスが降ってきた。
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