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幕間 その4
「それじゃ、次は製作発表会かな」
「そうだな。台本もらったら、また連絡するよ」
「うん、待ってる」
三條伊織はビールに酔ったのか、顔を少し赤らめて微笑んだ。玄関の扉を閉め、越前享祐は壁に背中をつけると、大きく息を吐いた。
――――全く、冗談じゃない。青木の野郎(やろうじゃないけど)、なんだってこんな時間に来やがった。
伊織と会うまでは、今のほぼほぼプライバシーのない関係を享受できていた。青木マネージャーとは十年以上の仲だ。加えて享祐には、青木女史に隠すような恋愛もなかった。仕事が忙しかったし、売れようとする野心もあった。
二人三脚で芸能界の荒波を泳ぎ抜き、ようやく今の地位を得たのだ。現在においても挑戦を続けているが、このひと月あまり、少しだけ方向が揺らいだ。
それが今回の役柄であり、伊織の出現だった。
『享祐、大丈夫だったかな』
『心配しなくていい』
何が大丈夫なものか。あの女のことだ。何か気付いたに違いない。こんなに速い段階で知られたくなかったのに!
ドカドカと音を鳴らしてリビングに戻る。テーブルの上は伊織がさっと片付けてくれていた。足をキッチンに向け冷蔵庫の中から追加のビールを取り出す。
――――今日の撮影も最高だった。あいつはまだまだ化ける。俺の腕のなかで、変身していく。
抱きしめて、キスをする。それだけのことで、伊織はどんどんと成長していた。
本人が気づいているかは知らないが、古い皮が剥がれてそこから新芽が覗き育っていくように。そのたびに輝きが増して享祐を魅了していた。
彼にとって、それを見届けているのも至福の喜びだった。
――――だけど……。
このドラマが終わったら、取った手を離さなければならないのか。あいつはこれを役作りのためのお芝居だと信じている。
――――馬鹿な。そんな酔狂な役者、どこにいると思ってんだか。
享祐はもう一度大きなため息を吐いた。
それでも今はそのフリをしていなくてはならない。青木に見つかってしまったのだ。自分の気持ちを察せられたとしても、ドラマのためだと建前を振りかざせば、あの女も滅多なことで引き離そうとはしないだろう。
――――俺ってこんなピエロだったかなあ。こんなこと初めてだよ。
グラスを持ったまま、バルコニーに出る。空気はもう冬の気配。冷たくしんとした風が肌に当たる。眼下に広がる煌びやかな都会の夜景が美しい。
――――それでもいい。今、俺は幸せだ。役者を目指して初めて、俺は本気の恋をしている。そうだな。まさにタイトルどおり、『最初で最後のボーイズラブ』だ。
自嘲気味な笑みを享祐は口元に浮かべた。舌に残るのはビールの苦味だけではなかった。
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