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TAKE 20 ヒール役
「いやあ、さっきのも良かったよ。伊織君、君、どんどん良くなるね」
シーン10を撮り終わるとすぐ、林田監督が僕のほうまで来て褒めてくれた。
「ええっ? 本当ですか? いえ、僕は無我夢中で。越前さんがリードしてくれたから……」
「いや、俺の方だよ。リードされてたの。監督の言う通り、凄い勢いで成長してるよ」
「そんな……ほめ過ぎです」
「二人とも良かったよ。これは放映が楽しみだなあ」
少し太めの林田監督は、豪快な笑い声を上げながらスタッフの処へのしのしと戻っていった。それを見送る僕に、享祐が耳打ちする。
「本気で抱きたくなるよ」
針で突かれたような衝撃。僕が慌てて振り向くと、もうその姿は背中だけだった。
夜から別のシーンの撮影が始まった。
ドライブでやってきた『港公園』。ここで、相馬亮の婚約者、可南子の登場だ。僕らが二人でイチャついているところに、偶然を装って登場。
12月のロケは少し寒いけど、スタジオよりもぐっとテンション上がるね。
「よろしくお願いします」
僕は婚約者、可南子役の望月優子さんに挨拶に行った。ここでは僕が一番下だってこと、よくわかってる。
僕の隣では、当然のことながら東さんが同じように頭を下げている。
「こちらこそよろしく。いいわねえ。越前君とキスシーンいっぱいあって」
「え?」
一体この人は何を言い出すんだ?
「私は一回もないのよ。婚約者なのに」
そりゃそうだ。相馬は可南子に全く恋愛感情持ってないんだ。でも、こういう時、どう返せばいいんだろう。とりあえず笑うか?
「斬新なドラマですから。新人なのに大役で。本人も頑張っていますので、どうぞよろしくお願いします」
東さんが機転を利かしてフォローしてくれた。まだベテランでもないのに、有難いよっ!
望月さんは、中学生の頃からこの世界に入った若いけど実力のある女優さんなんだよね。それなりにプライドがあるんだろう。
「そうね。越前君に恥はかかせられないから、精一杯やるわよ。ヒール役、それもまた楽しってね」
そうか。この人はこうやって役に入っていくんだ。勉強になる。
「お手柔らかにお願いしますっ」
僕はもう一度、勢いよく頭を下げる。望月さんは『はいはい、頑張ってね』と、呆れた風を装いながら、どっかへ行ってしまった。
「それでは望月さん。可南子の登場シーン、スタート。5、4、3……」
海の見える公園で、相馬は駿矢の肩を抱き、なにやら話をしている。そこにハイヒールのかつかつ音とともに可南子が近づいてきた。
「亮くん。どういうことよ、これ。説明して」
自分の名前、しかも下の名前を君付けする声に、相馬はわかりやすくびくついた。その様子に駿矢も声のする方に目をやる。
「可南子……どうしてここに?」
「理由なんてどうでもいいでしょ? 私は聞いてるの。ここであなたは何をやってるのって」
「それは、おまえに関係ないだろ」
相馬は反射的に彼女から目を離した。
「関係ないって、これでもあなたの婚約者のつもりだけど?」
「はあ? 何を寝ぼけたことを。10年以上も前の与太話。もう時効だろう」
「寝ぼけているのは貴方でしょ。お父様から正式に話を頂いたの、聞いてない?」
「なんだと……」
思いも寄らない話だ。もちろん父親から何も聞いていない。どうせいつものように、勝手に決めたんだろう。
「めんどくさそうな話だね。相馬さん、僕、もう帰るよ」
「待てよ、駿矢」
「あなた、何者? 亮さんの何?」
帰ろうとする駿矢に可南子は詰め寄る。嫉妬と侮蔑の入り混じったような顔だ。
「なにって……見ての通りだよ」
駿矢の表情がさっと変わる。たとえ、相馬の愛人であったとしても、この女に蔑まれるいわれはない。
「しゅん……」
相馬が驚く間も与えず、駿矢は相馬の両頬を包んで口づけをした。いきなりの、けれど濃厚なキス。身長差が少しあるので、駿矢は首の後ろに手を伸ばして押さえつけている。
それでも相馬はそれに抗うことはなかった。彼もまた、駿矢のキスに応えるよう、背中に両腕を回した。
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