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TAKE 29 玉ねぎ
「いいか……大丈夫か……伊織……」
「享祐……あ、んっ」
夢中でしがみついてた……。あの後、僕はベッドに運ばれて……享祐の逞しい裸体が……うおおっ。顔が熱いっ!
スマホの目覚まし時計が鳴った時、僕は一人で寝ていた。夢だったのかもと思ったほどだ。
だけど、体の痛みが現実だったのだと教えてくれた。享祐は夜中のうちに部屋に戻ったようだった。
冷たいシャワーで火照った体と顔を冷やし、朝食を食べるためにロビーに降りた。なんだかまだ体が宙に浮いてるようだ。
「あの、三條伊織さんですよね?」
エレベーターから降りると、誰かに呼び止められた。こんなところで誰だろう。スタッフとは違う。
振り返るとそこに、スマホを片手に持ち、ショルダーバッグを掛けたジャケットの男性がいた。
身なりはきちんとしてるけど、こういう人、僕は知ってる。雑誌記者だ。だけど、今まで僕に興味のある人なんかいなかったのにな。
「そうですが……。なんでしょうか」
「関東スポーツの真壁です」
名刺を差し出す。
「今日は『最初で最後のボーイズラブ』のロケですよね」
「あー、はい」
名刺は受け取ったが、事務所を通さない取材には答えられない。僕は作り笑顔でその旨を伝えた。
「いや、そんな堅苦しいものではなくて」
「伊織、どうした? さっさと朝食……」
遅れてエレベーターから降りてきた享祐が僕のそばに寄って来た。いつも通りのデニムのジャケットに黒のパンツ。なのにドギマギしてしまった。
「あ、うん」
「なんだ、真壁さんか」
享祐の綺麗な顔が一瞬歪んだ。
「おはようございます。越前さん。お二人は仲が良いようですね。呼び捨てですか」
「共演者と仲良くするのは当たり前だろ。おい、行くぞ。アポなしで応えたら事務所に怒られるぞ」
「は、はい」
「そんなこと言わずに……」
「真壁さんもこんなイレギュラーのことばかりしてないで、ちゃんとアポ取りなよ」
ぐいぐいと僕の背中を押す享祐。何かを言ってる真壁さんのことを完全無視してレストランの方へと進んでいく。
ロビーからいいタイミングで青木さんが来たので、享祐は目で合図した。
「あいつ、評判の悪い記者でさ。ちゃんとした手順を踏まずに追いかけまわすんで嫌な奴だよ」
「そうなんだ……ありがとう、助かったよ」
「ん。ま、あいつが来たってことは、それだけこのドラマが注目されてるってことだけどな」
享祐は音がなるようなはっきりとしたウインクをした。それだけで僕の心臓はピンセットでつままれたみたいにびくついてしまう。
「どうした? 昨日はよく眠れたのか」
「あ、うん……あの後……享祐が出てったのも気付かなかった」
目の前のビュッフェでは既にお客さんが列を作っていて、僕らもトレーとお皿を持ってそれに加わった。
「そうか……だるくないか? 撮影いけるか?」
「だ、大丈夫だよ。それは」
ビュッフェのサラダを取る。僕は玉ねぎのスライスばかりを皿に放り込んでしまっていた。
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