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TAKE 30 痛い腹
「ちょっと、そこのあなた。どういうつもり」
「なんだよ。珈琲飲んじゃだめなのかよ」
駿矢の目の前にカツカツとピンヒールを響かせ、可南子が迫って来た。その背後に、慌てて追いかける相馬の姿が。
「よさないか、可南子。ここは高級ホテルなんだぞ」
「そうよ。そんなところに、こいつがいるっておかしいじゃない」
「生憎だったね。モデルの仕事があったんだよ」
「嘘つきなさいっ」
「可南子っ」
睨み合う二人を引きはがすように、相馬が可南子を自分の背後に隠した。可南子は憮然としたが、踵を返して自分のテーブルに向かう。
「どうしたんだ。おまえらしくない」
相馬は駿矢の前に座る。
「物凄く僕らしいよ。僕は……間抜け面してあの女と歩くあんたを見に来たんだ」
「知ってたよ。ずっと付けてたの……。間抜け面に愛想尽かしたなら、もう東京へ帰れ。モデルの仕事なんて嘘だろ」
「相馬さん……あんた、本当にこのままでいいのか」
険しい表情で相馬を睨みつける駿矢。その激しさに気圧された相馬は視線を逃がした。
「良くないよ……でも、仕方ない」
駿矢はテーブルの上で拳を握る。それから大げさにため息を吐き、席を立った。
「珈琲代、出しとけな」
ガタガタと無作法な音をさせ、駿矢は相馬の前から去って行った。
「お疲れさまでした!」
ホテルのロビーでの撮影は無事終了した。
ウチクラホテルのロビーは格調高すぎて、こんな修羅場を演じるのはどうかと思ったが、窓から見える美しい庭がいい感じに浄化してくれた。
「良かったよ、伊織」
ホテルが用意してくれた控室で、享祐が僕の肩に手を乗せた。自然とその手に自分の手を触れさせる。
「うん……もし……」
「うん?」
「もし、享祐が誰かに取られたらって想像したら……うまくできた」
「そうか……うん、真に迫ってた」
ごしごしとまた僕の髪をかき混ぜる。そんなふうに二人でじゃれていたら、青木女史がやってきた。
「越前君、三條さんも。ちょっと離れなさい」
「なんだよ、どっかの先生みたいだな」
子ども扱いされて享祐が口を尖らす。てか、マジで子供みたいだ。
「あの、真壁がまだいるのよ。どこで見てるかわからないわ。痛くもない腹を探られるのは嫌でしょ」
痛くもない腹……。僕はどきんとして思わず目が泳いでしまった。昨夜、まさに痛くなっちゃいました。
「え、マジか。なんで貼りつかれたかな。他に標的いくらでもいるだろうが」
「そうねえ。ちょっと不思議よね」
青木さんは高そうなスーツスタイルで出来る女の雰囲気全開だ。いつものように腕を組み、じろりとドアを睨む。その向こうに真壁さんが居たら、きっと鳥肌立ったろう。
「ま、とにかく気を付けてね。ドラマにマイナスになるような行動だけはしないで」
「はい」「あー、はいはい」
混ぜっ返すような享祐の返事。瞬時に槍のような視線が降って来た。彼女が無言で部屋を出ていったあと、僕らは顔を見合わせ笑みを浮かべた。
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