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TAKE 37 もう戻れない
落ち着かない夜。仕事から帰ってお風呂に入って、缶ビールのプルトップを開けた。あんまり飲まないけど、眠るためには必要かもって思った。
一口飲んですぐに後悔した。夏でもないのに一人で飲むほど、僕はビール好きじゃなかった。
――――ピンポーン!
缶を見つめてため息をついていたら、玄関のインターホンが。僕は電流走ったみたいに驚いてしまった。
――――ま、まさか。いや、絶対そうだっ。
僕は足を縺れさせながらモニターに急ぐ。見るまでもない。ドアの向こうに享祐が立ってていた。
「土産買ってきた」
僕は出張帰りの父親を迎える小さな子みたいに、享祐の周りをまとわりつく。玄関のドアが閉まると同時に抱きついた。
「享祐っ!」
「おおっと、驚いたな」
「会いたかった……」
享祐のいつもの匂いが鼻腔をいっぱいにする。広い胸板に触れると心臓が爆発しそうになった。
「俺もだ。こうして、触れたかった……」
享祐の手のひらに導かれて、僕は少しだけ顎を上げる。そうしたら、すぐに彼の唇が降って来た。それを受け止め、より一層両腕に力を込めた。
お互い、無言でただ抱き合う。もう二度と離れたくない。そんな思いをぶつけあうように。
「これ、美味しい」
享祐のお土産を食べながら、改めてビールを飲む。さっきは苦みしか感じなかったのが、全く別の飲み物のように喉を通っていく。
お土産のお陰ばかりじゃないだろう。誰と食べるか、誰と飲むか。それが大事なんだと改めて思う。
「ロケ、どうだった?」
僕にくっついてビールを飲む享祐に尋ねる。毎晩電話で話していたから、わかっているのに。
「うん、大変だった。伊織に会いたくて……」
「え……それは、僕もそうだったけど」
言葉にされると恥ずかしくなる。照れて、顔が熱くなって、でも嬉しくて俯く。
その背を抱えるように、享祐が腕を伸ばす。引き寄せられた僕は、自然に享祐の肩に頭を預けた。
「抱きたい……今すぐ……」
耳元で囁かれる。享祐の息がかかって、僕はそのまま気を失いそうになった。
――――心臓の音……聞こえてるかな。
体中が心臓になったみたいだ。僕は享祐の額に自分のをくっつけた。鼻の頭が触れる。それからゆっくり、キスを交わした。
「好きだ。もう、おまえを離したくない……」
享祐の唇が愛を語る。僕はそれを塞ぐようにして、またキスをねだる。ソファーは少し狭すぎて、僕らはいつしか床に敷いたラグの上にいた。剥がされた衣類がそこかしこに散らばっていく。
なんだか夢を見ているようだ。ふわふわと空を舞ってしまう僕を、享祐が抱きとめる。どこにも行かないようにと。
「あ……んん……」
血脈と神経の全てを巡っていく快感。僕は深い湖の中に溺れていく自分を感じた。もう、戻れない。享祐に出会う前の自分には。
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