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TAKE 42 分身
しばし呆然としながら、それでも落ち着いて考える。まさかと思うけれど、監督はまだ決めかねてて、撮影の当日、残りの分を配布するつもりなのかもしれない。
――――いやあ、なんかそれは有りそうでない気がする。
時間にして最後の十分弱が白紙だ。即興劇でもやる気か? だとしたら、えらいこっちゃ。僕にそんな器用なことできるはずがない。
因みに原作では自分の気持ちに正直になろうと相馬は婚約破棄をする。で、姿を消した駿矢を探してるのが現在進行形。
だから、今回はシーズン2を匂わせながらもいい感じで終わらないといけないんだよ。
――――監督、絶対めんどくさくなって、僕らに丸投げしたんだ。
僕は慌ててスマホを取りだした。享祐に相談するためだ。履歴を呼び出し
(これが一番手っ取り早い)、ボタンを押そうとして手を止めた。
――――どの面下げて、泣き言を言うってのか。享祐を傷つけたかもしれないのに。
『ゲイなんて思われたら困るよ』
最後、享祐の顔見られなかった。僕の背を追ってきた声は、いつもより小さくて寂しそうに感じた。
謝ろうと思ったのに、こんな台本もらって動揺するばかりだ。なんでこんな時に。あの真壁って記者のことも話したいのに。
――――てか、全部自分のアホな発言のせいじゃないか。ああ、もうっ!
撮影は明後日だ。最終シーンまで全部撮りきるだろう。だって、少なくとも僕のクランクアップは明後日って決まってるんだ。
考えよう。ここまでの台本をもう一度よく見直して、最後の十分をどうすればいいのか、想像してみるんだ。
『監督はハッピーエンドだって言ってたじゃない』
『ハッピーエンドにも色々ありますからね』
さっき交わした会話を思い出す。恋が終わっても、それが成長のあかしならそれもある意味ハッピーだろう。だけど……。
僕は本棚にきちんと並べられた今までの台本を取り出す。全部で十冊。中は手垢や赤ペン、蛍光ペンで入れられた文字や線でくちゃくちゃだ。
僕がこの四ヶ月、悪戦苦闘しながらも必死に駿矢になろうとした姿がそこから透けて見える。愛しくて、なんだかまた目頭が熱くなる。ちょっと泣きすぎだろうと自分でも思う。
ちょっとした悪戯心から始まった駿矢の恋。パトロンにならない? なんて、よく言ったもんだな。
でも、相馬の心を振り向かせるのに、彼にはそんな方法しか思いつかなかったのかもしれない。頑なに閉じた相馬の心を。
――――いじらしい奴だよな。駿矢は。それで、婚約者が現れたらヤキモチ妬いて……。
駿矢はどうするつもりなんだろう。駿矢との関係を清算して結婚すると言う相馬のこと。それが相馬のためだと頭ではわかってるはずだ。
――――いや、違うのかな? 駿矢は本当の気持ちを隠して生きようとする相馬にずっと突きつけてきた。このままでいいのか、と。
監督が台本を白紙にしたのは、僕らを信用してるからだろうな。それなら、それだけの演技をしてきたのだと自信を持たなければ。そして、この重い選択に応えなくては……。
夜遅くなって、僕は享祐にメールを送った。
『今日はワケの分からないこと言ってごめん。驚きの台本を見た? 相談はしない方がいいかなって思ってる。最後は、今までの全てをぶつけるつもりで頑張る。僕の分身のような駿矢を演じ切る。おやすみなさい』
返信はすぐに来た。
『そうだな。俺も同じだよ。今日の事、おまえは気にすることはない。おやすみ』
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