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幕間 その10
真っ白な台本を前にして、越前享祐は驚愕しながら『やられた』と舌打ちした。
「どうしたの。なんか都合の悪いことでも?」
青木が不思議そうにのぞき込み、『あらま』と思わず漏らした。
「ふざけてるよな。ま、らしいっちゃらしいけど」
「大丈夫なの? 相手は新人に毛が生えた程度の子なのに」
「それ、本気で言ってんなら、あんたもヤキが回ったな」
椅子にどっしり座ったまま享祐がにやつくと、青木はわかりやすく頬を膨らませた。
「わかってるわよ。で、どうすんの。また二人で作戦会議かな」
お返しとばかりに嫌味な目を向け、片方の口の端を上げた。
「うるさいな。当日を楽しみにしてればいいよ」
青木は、ふふんと鼻で笑ってその場を去った。全くあいつは俺の味方なのかと、享祐はその後ろ姿を見送りながら憮然とした。
実際、享祐は映画の撮影終了次第、伊織に連絡をしようと思っていた。この白紙を埋めるべく、心づもりだけでも合わせておきたい。さすがにぶっつけ本番はヤバいと考えたからだ。
けれど、撮影を終え、マイカーを走らせるうちにその必要はないとの思いが湧いてきた。
監督が委ねたのは、自分じゃない。伊織だ。このドラマでの主役はずっと伊織であり駿矢だった。
自分は伊織の熱に当てられ、それに呼応してきただけだ。それは1話目から変わらない。自分がリードするつもりだったが、その必要は端からなかった。
――――俺がやったのは、あいつの部屋に押しかけて、キスしただけだな。ま、それが全ての始まりだったとしたら、殊勲賞くらいはもらえるか。
期待されているのが伊織なら、このまま会わずに本番を迎えたほうがいいだろう。
ちょうど、ちょっとした波風が二人の仲に立っている。それそのものを歓迎はしていないけど。
スマホに目をやると、伊織から連絡が来ていた。会いたいと言われたらどうしようかと思ったが杞憂だった。
『相談はしない方がいいかなって思ってる。最後は、今までの全てをぶつけるつもりで頑張る。僕の分身のような駿矢を演じ切る。おやすみなさい』
やはり伊織はわかってる。それなら、自分はどうしてやればいい?
享祐は部屋に戻り、いつものようにソファーに寝転がった。どっと疲れが出て体を靄のような膜が覆う。このままこれを繭みたいにして寝込みたいくらいだ。
――――ハッピーエンドか。伊織が求めるハッピーエンドはどんなものなのか。楽しみであり、怖くもある……。
天井に埋め込まれた数個のダウンライトが部屋を柔らかく照らしている。目を閉じると無数の光が瞼に残った。
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