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TAKE 46 クランクアップ
何故かカットの声は掛からなかった。その代わり、万雷の拍手が巻き起こる。僕と享祐は水でもかけられたように体を跳ねさせた。
「な……なに?」
「良かったよ。本当に。伊織君、お疲れ様でした」
監督が万感の体で言う。その後ろのスタッフたちも満足げだ。涙ぐんでる人もいる。
「越前さん、これ」
スタッフの一人が特大の花束を享祐に渡した。ブルーを基調にした見事なものだ。
「伊織、クランクアップおめでとう。お疲れ様」
「あ、ああ。本当だ。ありがとう」
終わったんだ。僕の撮影。駿矢の物語は……。再びの拍手とカメラのフラッシュを浴びる。涙腺が緩んでいたから仕方ないけど、また涙がこぼれてきた。
「また泣けてきたっ! もう、これ以上くちゃくちゃになりたくないのにっ」
慌てて後ろを向くと拍手に笑い声が重なった。
あの後、享祐の出番を撮って彼もクランクアップした。享祐は監督から花束をもらい、僕ら三人は、共にカメラに収まった。
監督始めスタッフから、これ以上ないくらいに褒めたたえられ、僕は明日死ぬんじゃないかと本気で心配になった。
「監督、ラストシーン、どこまで撮りました?」
「そりゃ、キスする寸前くらいかな。その後は黙って見てた」
「ええっ。ったく酷いな、相変わらず」
「だって、伊織君が恍惚の表情だったから止められんかった」
「ううっ、なんてこと言うんですか、監督っ」
スタッフが現場を片付け始めた。結局このシーンでオールクランクアップだったみたいだ。
最後に恐ろしいことが起こったけど、享祐の機転でなんとかなった。ホントに助かったよ。感極まって、『享祐』と呼びそうになったなんて……。
――――そうだ。享祐だけにはわかっちゃったんだ。どう思っただろう。
あの瞬間、僕は思わず駿矢に自分を重ねてしまった。悪いことはなにもしていないのに、隠さなきゃいけない。それを爆発したみたいに享祐に訴えてた。
子供みたいな感情だよ。駿矢たちのように何も切羽詰まってないんだ。僕らはまだ、このままでいい……多分。少なくとも、享祐のイメージダウンになること、僕だってしたくない。
「改めて打ち上げの日程などご連絡しますので、是非参加してくださいね」
ずっとこのドラマの細かいところをサポートしてくれたADさんが声をかけてくれた。
「もちろんです。本当にありがとうございました」
「いいえ。この仕事をやってて良かったって本気で思いました」
「え……いや、こちらこそです」
なんて返したらいいのかわからない。僕は頭をかいて馬鹿な返答をしてしまった。お世辞でも社交辞令でもなんでも嬉しいよ。
マイクやライト、細々とした小道具が片付けられていく。この部屋は時々他のドラマでも使うけど、カーテンや家具はその都度変化させている。次はどのドラマが使うんだろう。
「伊織さん、そろそろ行きましょう」
ぼんやりとその様子を見ていると東さんが声をかけてきた。振り向くと、丸い顔がなんだか余計に腫れて見える。
「あれ、東さん。もしかして……」
「泣きましたよー。ドラマ自体もそうだけど、今までのこと……色々思い出されてきて、泣かされました」
「東さん……東さんには支えてもらったから……ありがと」
胸に何かがこみ上げてきて、うまく言えなかった。
享祐は控室に行ったまま戻って来ない。話がしたかったけれど、僕は東さんに車に乗せられてマンションへと帰った。
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